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ロシアの黒海沿岸:ブドウの収穫2019

ロシアでワインを造っていることはまだあまり知られていないようです。産地はアゾフ海、黒海からカスピ海に至る地域にありますが、主要な産地は、クラスノダール地方Краснодарский крайの黒海沿岸地帯です。ワイン造りの歴史8000年というジョージアとマッサンドラ・コレクションで知られるクリミア半島の間の地域で、緯度としてはボルドーと同じぐらいに位置しています。

ブドウの収穫を見るため、9月初めに黒海沿岸にある2つのワイナリーを訪問しました。ただ今年は収穫の開始が早く、8月半ばだったそうで、9月半ばには終わるだろうとのことでした。

ワイン産地の移動に便利なアナパという海浜リゾート地へ到着したのは9月8日。夏休みの最盛期は過ぎたものの、まだ真夏といっていい暑さで、ビーチでは水着姿の人たちがのんびり日光浴をしたり、海に入って遊んだりしていました。

 

<ファナゴリアFanagoria / Фанагория

9月9日、「ファナゴリア」を訪問します。本社は黒海とアゾフ海とに挟まれたタマン半島が形成するタマン湾の東の端にあるセンノイという町にあります。

社名のファナゴリアは、紀元前6世紀にギリシャ人たちが植民してきたとき、この地に付けた名前で、紀元前4世紀にはボスポラス王国の支配下に入り、アゾフ海と黒海の間にある交通の要所として栄えました。この時代ワイン造りは重要な産業の一つだったことを表す遺跡が残っていて、ワインは交易の重要な商品になっていたとのことです。

ワイナリー「ファナゴリア」の前身「センノイ・ワイン工場」は1957年にワインとブドウ果汁の生産を目的に創設され、1963年に完成した工場により、当時ソ連邦最大、ヨーロッパ第2の規模のブドウ果汁生産会社でした。ワイン生産を主軸にして「ファナゴリア」社が創設されたのは1996年のことです。

まず今回の最大の目的、ブドウの収穫を見に、シニア・エクスポート・マネジャーのミハイル・レリュク Mike Leliuk / Михаил Лелюк さんと畑へ向かいました。

アナパを出て、北西に向かう道筋の一帯は平坦な地形で、リマンЛиманと呼ばれる潟がたくさんあります。火山が多いとのことですが、山を形成しない泥火山のため、山らしい山はどこにもありません。通り道、草原の中に黒い水たまりのように見えたのは石油です。自然に沸いてきたもので、誰も手を付けないそうです。

広大な大地を走ること約1時間。畑に到着。雲一つない真っ青な空の下、どこまでも続くブドウ畑。赤茶けた乾燥したパラパラの土。乾燥しているせいか、強い日差しの割には暑くありませんが、この炎天下、手摘みです。10人がグループになって手際よく鋏で、きれいな房だけ切り取って、バケツに集めます。実は小粒で、よく熟しています。

バケツのブドウはトラックに空けられ、摘み手のグループは次のゾーンへと移動していきます。摘み始めるのは朝6時からとのこと。摘み手は地元の人もいますが、カスピ海西岸のダゲスタンから毎年収穫時期にやってくる人々もいるそうです。

次は機械収穫をしている畑へ。こちらも赤茶けた色の土に緑の葉が映える、限りなく広い平らな畑です。収穫トラックがブドウの樹の列を上から挟み込んで、ぐいぐい進んで行きます。この機械1台で100人分の仕事をしてくれるそうです。「ファナゴリア」では機械摘みをしたブドウはレギュラー商品用で、上のレンジの製品のブドウは全て手摘み。その割合は半分半分だそうです。

ミハイルさんは、最後に、一番北に位置する畑のすぐ先にあるアゾフ海を見せてくれました。背の低い草しか生えていない平原の先は断崖絶壁。そして海。この日はかなり強い風が吹いていました。防風林が植えられているところもあるぐらい、(それ以外の木はない)強い風が吹く地域です。

この地域は年間降水量420~510㎜で、雨が降るのは秋冬。極端に寒くなることも、凍結することもないので、冬場に樹に盛り土をする必要がないし、日照時間が長いのでブドウ栽培に適しています。「ファナゴリア」は現在3,500haの畑を持っていますが、毎年100haずつ増やしていくとのことです。

現在栽培しているブドウは100種以上。ワイン用の主な白品種がアリゴテ、ソーヴィニョン・ブラン、シャルドネ、リースリング、マスカット・オットネル、シビリコヴィСибирьковый(在来品種)他。黒品種がカベルネ・ソーヴィニョン、カベルネ・フラン、メルロー、ピノ・ノワール、ツィムリャンスキー・チョールニーЦимлянский Черный(在来品種)、サペラヴィСаперави(在来品種)、クラスノストップ・ザラトフスキーКрасностоп Золотовский(在来品種)他。

ワインは白、ロゼ、赤のスティルワイン、スパークリングワイン、アイスワイン、そしてチャチャ(グラッパ)。ブランデーも含め、大変多くのブランドを持っています。

試飲させていただいた数多くのワインの中で印象的だったのは、「アフトフトンАвтохтон」という在来品種のシリーズです。白の「シビリコヴィСибирьковый 2018」は、ハーブのような香りに、トロピカルフルーツのような、熟した果実味が感じられ、それを苦みがまとめて引き締めているといった趣。赤ワインでは「クラスノストップКрасностоп 2017」は濃いルビー色が美しく、黒いベリーのイメージで、バランスが良く、ソフトでとてもエレガント。「ツィムリャンスキー・チョールニー Цимлянский Черный 2017」はハーブや木の感じの奥にしっかり熟したベリーがあり、タンニンに引き締められたすっきりしたフィニッシュ。

他に、フランス品種主体の「クリュ・レールモント Cru Lermont」シリーズのなかには在来品種(ジョージアの主要黒品種として知られていますが、ロシアも地続きなので)「サペラヴィСаперави 2017」もありました。

「ファナゴリア」は試験栽培の畑、苗栽培の畑から、最新式の生産ラインはもちろんのこと、コーカサス・オーク材の樽を作る工場も含め、全ての工程を自社で賄える設備を持っています。ちなみにタマン半島近辺にオークはありませんが、コーカサス山脈に向かって南下していくと、地形が変わって、山がちになり、オークの林が見えてきます。

*写真は次の訪問先「アブラウ・デュルソー」のワイナリーの裏庭にあるコーカサス・オークの林

 

 

<アブラウ・デュルソーАбрау-Дюрсо

翌9月10日は、ビーチリゾートのアナパからロシアで最も有名なスパークリングワインのメーカー、「アブラウ・デュルソーАбрау-Дюрсо」を訪問するため南下し、ワイナリーに一番近い町、ノヴォロシースクНовороссийскへ向かいました。黒海から地中海に抜ける航路のロシア側の出口として産業的に重要な、ロシア有数の港です。さらに、英雄都市 Город Геройという、1941~1945年に侵入してきたドイツから国を守る大祖国戦争のとき勇敢に戦った市民に対する勲章としての名称を持っている町だけあって、ゆったりしたアナパとは違って、少し固い雰囲気があります。

ノヴォロシースクのビーチ(砂浜ではなく石ころ)に近いホテルにチェックイン。ここから「アブラウ・デュルソー」へ向かいます。地図上ではすぐ隣に見えたのですが、車で40分ほどかかりました。

雑木林の間の道を抜け、目的地が近づいてくると、雰囲気がだんだんにぎやかになってきました。到着して分かったのは、ここはスパークリングワインのテーマパークだということ。エントランスゲートの中はリゾート。レストランも庭園も、湖も、ボートも、周りの散策コースも、ショップも充実。丸一日楽しめそうです。

「アブラウ・デュルソー」は18世紀創設の由緒あるワイナリーです。ロシア帝国時代、宮廷の貴族はシャンパーニュが大好きで、フランスから大量に輸入していました。そんな時、皇帝アレクサンドル2世の、ロシアでシャンパンを造ろうというアイデアのもと、シャンパーニュ方式のワインの製造に力が入れられました。

現在の「アブラウ・デュルソー」の土地は1870年、アレクサンドル2世の領地となり、その活用プロジェクトとしてワイン造りが始まりました。ちなみに、アブラウはこの地の湖の名前、デュルソーは近くを流れる川の名前です。当初この地ではスティルワインを生産していました。そこに、1891年、マッサンドラでロシア初のスパークリングワインを世に出したレフ・セルゲーヴィッチ・ゴリツィン公Князь Лев Сергеевич Голицынが招聘され、スパークリングワイン造りに力が入れられます。1896年に発表された最初の製品は高評価を得、98年に「アブラウ・デュルソー」というブランド名で発売されました。さらに、ロシア最後の皇帝となったニコライ2世(在位1894~1917年)は1905年、フランスからシャンパーニュの専門家、ヴィクトル・ドゥラヴィニーVctor Dravignyを招き、品質をさらに向上させました。けれども革命後、ソビエト時代には、貴族階級の飲み物だったシャンパーニュも一般人が誰でも飲めるようでなければならないという考え方のもと、それまでの伝統的製法といわれる瓶内2次発酵製法ではなく、大きなタンクを使って短期間で2次発酵を行うシャルマと呼ばれる製法が広く取り入れられました。こうして安価に生産できるようになったソビエトのスパークリングはソヴィエツコエ・シャンパンスコエСоветское Шампанскоеと呼ばれ、大量に生産されていました。

ソビエト時代が終わった今、ロシアではワイン産業の立て直しが急ピッチで進んでいます。「アブラウ・デュルソー」も、本場シャンパーニュから招いた醸造家、ジョルジュ・ブラン Georges Blanck氏をトップに据え、最新鋭のテクノロジーと、皇帝の時代に地下60mに掘られた、長さ5.5kmに及ぶセラーを使って、シャンパーニュと同じ瓶内2次発酵製法の上質なスパークリングワインが生産されています。

この地で、ニコライ2世も満足する品質のシャンパーニュ製法のスパークリングワイン造りが成功した理由のひとつには土壌があると言えるでしょう。ブドウ畑が見渡せる展望台に上ったとき、目の前に広がった畑は、真っ白な土の上に、緑のブドウ樹の列が縞模様になってくっきり描かれています。この真っ白な土がポイントです。シャンパーニュ地方の大きな特徴の一つである真っ白な石灰質の土壌、それがここにもありました。

ジェネラル・ディレクターのアンドレイ・イェルマコフАндрей Геннадьевич Ермаковさんの案内で収穫現場へ。畑の下は全て石灰岩で、畑を作るに当たって、まずは岩を砕いて細かくする作業があったとのこと。畑に足を踏み入れても、がりがりの岩の破片を均してあるといった感じです。スペインのプリオラトのリコレーリャの畑やポルトガルのドウロのシストの畑が思い出されます。ただ、ここは色が真っ白です。道のわきには所どころ、砕かれた石の破片が積み上げられていました。

「アブラウ・デュルソー」の畑の一帯は山に囲まれた渓谷になっていて、正面の山の向こうは黒海です。ここにある畑は800haで、20数キロ離れたところにある畑も合わせると総栽培面積は1,000ha強あります。その収穫は全て手摘みで行われます。収穫期には400人が働いていて、そのうち300人がよその地域から来る季節労働者とのこと。栽培面積は毎年増やしていて、来年は季節労働者も400名に増員予定。 2025年には総栽培面積を3,500haまで増やす計画だそうです。

現在「アブラウ・デュルソー」ではシャルマ方式の製品と、伝統的製法の製品とを生産しています。今回試飲したのは7点。最初は、一番よく目にする「アブラウ・デュルソー」のブリュットです。シャルマ方式のもので、飲み口が良く、みんなでワイワイ飲みたいスパークリングです。ロシアで販売されているものはラベルにルースコエ・シャンパンスコエРусское Шампанскоеと書いてありますが、輸出用は、Russian Sparkling Wine。日本で販売しているものもロシアン・スパークリング・ワインになっています。今ロシア国内でもシャンパーニュのという意味の形容詞、シャンパンスコエを使わないようにする動きが進んでいます。

あとの6点は伝統的製法のものです。最初の3点は「ヴィクトル・ドゥラヴィニー」シリーズのエクストラ・ブリュット2016、ブリュット2016、ロゼ2017。「アブラウ・デュルソー」のスパークリングが彼の力で品質を上げ、皇帝ニコライ2世の宮廷御用達になったことに敬意を表して付けられた名称で、ラベルには宮廷醸造家と書いてあります。エクストラ・ブリュットは酸味がきれいでクリーンなイメージです。

次の3点は少し格上です。「ブリュット・ドールBrut d’Or 2015」はシャルドネ100%のブラン・ド・ブランで素晴らしい香り。「インペリアル Imperial」のシリーズは「アブラウ・デュルソー」の畑から最高の区画を選び、ファーストプレス果汁のみ使用。瓶内二次発酵・熟成期間は3年以上。「ブリュット・ヴィンテージ2015」はリースリングとシャルドネで造った、洋ナシのような香りに柑橘系がかかった、きれいなまとまりのあるワインで、オシャレなパーティで会話を楽しみながら飲むと良さそうな雰囲気を持っています。「インペリアル・ブリュット・ロゼ2014」はピノ・ノワールで、軽い甘さを感じるソフトな口当たりでした。

 

「黒海料理」Черноморская кухняって何?

今回は「黒海料理」という言葉をよく聞きました。黒海でとれる海の幸を使った料理で、素材がフレッシュなので、どれも文句なく美味しいです。

最初に訪れたワイナリー「ファナゴリア」はレストランもいくつか持っていて、その一つでいただいた黒海の生ガキは予期せぬ美味しさ。合わせたワインは「クリュ・レールモント シャルドネ2017」。黒海地域産のシャルドネは、フルーティというほどフルーツ味が勝っているわけではなく、シャープというほど酸が際立っているわけでもなく、バランスの取れた柔らかく口に広がる感じがあります。シーフードの風味を支えてくれる快いワインです。黒海産のムール貝もバラブリカという小魚のフライも自然な美味しさがあふれています。黒海沿岸は野菜もフルーツも豊富なのでテーブルもカラフルで、ワインも進みます。

「アブラウ・デュルソー」のレストランでも外せないのが黒海料理です。その笑顔からして、いかにも料理がおいしそうなシェフ、セルゲイ・アルシェフスキーСергей Альшевскийさんが代表的な素材を使って、料理を作る工程を見せてくださいました。

ここでも生ガキ+レモンは定番。ムール貝はネギやニンニクと一緒にバターで炒め、「アブラウ・デュルソー ブリュット」をダボダボダボっと、ぜいたくに使ったスパークリングワイン蒸し。

ラパナという巻貝は、日本ではアカニシというそうで、Wikipediaによると「北海道南部から台湾、中国にかけて生息するが、近年では黒海に帰化している」とのこと。もともと日本ある貝に、ロシアで始めて巡り合いました。ニンニク、エシャロットとネギ、赤ピーマンを刻んだものをバターで炒め、ラパナ(殻から外した身だけ)を加えて炒め、レモン、塩、コショウで味付け。“クリクリ”と“柔らかい”の間ぐらいの微妙な歯ごたえで、バターを使っていることもあり、貝料理の想定を外れたリッチな味です。地元産のジャガイモのピュレ―ともよく合います。ここでもバラブリカのフライが登場。黒海料理には欠かせない食材のようです。ひまわり油を使います。

合わせるワインは「ヴィクトル・ドゥラヴィニー」シリーズのエクストラ・ブリュット2016。辛口ですっきりしているだけでなく、新鮮なシーフードのしっかりした風味に負けない芯と、風味を邪魔しないソフトさを備えています。

「黒海料理」は、日本人の味覚にも合う、素材の新鮮さが生かされた料理でした。地元のワインがその美味しさを支えています。

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