10月1日(土)はバーリャドリからラ・リオハ州の州都、DOCa(特選原産地呼称)リオハの中心都市、ログローニョに列車で移動。一旦北に向かい、ミランダ・デ・エブロで、バルセロナ行きの列車に乗り換えます。この町はカスティーリャ・イ・レオン州のブルゴス県の端にあり、ラ・リオハ州のアラバ県と接していて、スペイン北部を東に向かって流れ、地中海に至るエブロ川が町の中を通っています。この川を渡ると、景色は緑が多くなり、ブドウ畑が増えてきます。そしてアロに停車。アロと言えば、DOCaリオハの中でも著名な歴史あるボデガが集まるバリオ・デ・ラ・エスタシオン(=駅地区)で知られる町です。
その歴史は19世紀半ば、この地に鉄道が敷かれたことから始まります。その頃フランスではオイディウム(1863年)に次ぎフィロキセラ(1867年)が発生し、ブドウ畑は壊滅。ワインが必要になったフランス人たちがリオハにやってきて、この地域に事務所を構え、ワインを自国に向けて出荷するようになりました。ボデガでは鉄道の引き込み線を敷き、ワインは車両に直接積み込まれ、輸出されるようになったのです。今でもこの地区には当時の線路が残っているボデガがあります。
プラットホームの向こうには「ビニャ・トンドニア(1877年創設)」や「ムガ」のシンボルマークの塔が間近に見えます。アロを出ると、その先は、まさにワイン産地であることを感じさせるブドウ畑の景色が続きます。先週1週間いたカスティーリャ・イ・レオン州のブドウ畑より、樹が密に植えられているように感じます。
ログローニョでは旧市街の端で、エブロ川沿いの遊歩道と公園のすぐ前にあるホテルに宿泊しました。この町ではバル街のラウレル通りが有名ですが、今はサン・フアン通りにも良いバルがあり、地元の人によると、“若者はラウレル、大人はサン・フアン”とのことでした。多分、タパスもしくはピンチョスの違いではないでしょうか。ラウレルはボリューム感のあるピンチョス・スタイルが主でしたが、サン・フアンはモダン・スパニッシュ・スタイルのオシャレなタパスを出してている店があって、落ち着いた雰囲気です。
10月2日(日)はログローニョ散歩。この町はサンティアゴ・デ・コンポステラへ向かう巡礼が通る街道筋の宿場町でもあったので、今も町なかにアルベルゲという巡礼用の宿舎が数軒あります。エブロ川の北側からプエンテ(橋)・デ・ピエドラ(石)という名前の、まさに石橋を渡って町に入ると、川と並行して西に向かうルアビエハ通りがあります。ルアビエハは古い通りという意味です。この通りには、入り口からは想像できませんが、16世紀に建てられた建物の中がワインの醸造所になっているものがいくつもありました。それは自重による醸造工程が組める施設を建設できる傾斜地にあったからとのことです。こういった資料を集めた博物館「ラ・リオハ・カルチャー・センタCentro de Cultura del Rioja」がルアビエハ通りにあり、今もスペインの伝統的なワイン産地として知られるリオハのワインの歴史が、わかりやすく展示されています。
10月3日(月)はDOCaリオハのボデガを2軒訪問します。リオハはスペインでは赤ワインの産地としてして最も古くから広く知られてきたところです。独自の統制委員会を作ったのは、国が原産地呼称統制法を制定した1932年より前の1926年で、統制法を1928年に制定しています。それはリオハのワインが高品質・高級品だったので、偽物が出回り、それを回避するためでした。
現在の登録ボデガ数は567軒。認定地域は、前出のエブロ川沿岸に伸びる一帯で、3つのサブゾーンに分かれています。ボデガ数も生産量も最も多いのはエブロ川上流の南側主体のリオハ・アルタ(ここに前出のアロも含まれます)。その北側がリオハ・アラベサといって、バスク州のアラバ県に属しています。川の下流側半分はリオハ・オリエンタルで地中海の影響を受ける地域です。
*参考資料:DOCaリオハ統制委員会のホームページに地図が掲載されています。
https://www.riojawine.com/bodegas-rioja-mapa/
・バレンシソValenciso はリオハ・アルタに属するボデガです。ログローニョの西、アロにも近いオジャウリ村にあります。1998年、ルイス・バレンティンLuis Valentín とカルメン・エンシソ Carmen Enciso夫妻が出身地であるリオハ・アルタでワインを造りたいという思いから始めたプロジェクトで、ボデガの名前はご主人の姓バレンティンのバレンと奥様の姓エンシソのシソを合わせたものです。
21haある畑はオジャウリの他、近くの村々に点在していますが、いずれも標高は480~610mぐらいで、石灰粘土質の土壌です。リオハの土壌は石灰粘土質、鉄を含む粘土質、沖積土の3種類に大きく分類されます。鉄分を含むレンガのように赤い色をした土壌の畑もありますが、「バレンシソ」のボデガを囲む畑は石灰質なので、白っぽい色をしています。もともとサステナブル農法を実践していましたが、2017年にオーガニックに移行しています。
「バレンシソ」がワイン造りで目指しているもの。それはリオハの主要地場品種テンプラニーリョのフィネスを表現するワインを造ることです。そのため、もちろん収穫は手摘み。除梗はしません。発酵はセメントタンクで、天然酵母で自然に発酵させ、ルモンタージュは行いません。発酵後の圧搾は時間をかけて、最低限の圧力で行います。マロラクティック発酵はセメントタンクで、春になって気温が上がってくるのを待って自然に行った後、フレンチオーク樽で熟成します。
ただ、この日最初に試したワインは白でした。赤ワインの産地として知られるリオハで白ワインが占める割合は10%ほどで、80年代までは赤ワインにブレンドされていたとのこと。このワインはビウラ70%、ガルナチャ・ブランカ30%。発酵はコーカサス産オークの樽で行います。コーカサスは土地が貧しく気温が低いため、オーク材の木目が細かいからとのことです。クリーミーな口当たりでナチュラルなフローラルさのあるエレガントなワインです。
赤はまず、「バレンシソ・セメントValenciso Cemento 2018」。ラベルにセメントと表示してあるので明らかなように、発酵も熟成もセメントタンクで行ったものです。ナチュラルな赤いベリーが感じられるワインです。
そして「バレンシソ」の2016、2014、2012。2016年は良い収穫年だったとのこと。樽熟18か月。スパイシーできれいな酸味がある繊細なワインです。2014年は前年から雨が降らず乾燥した年でしたが、セメントタンクのおかげでフルーティさが保たれ、透明感があり、深みもあるワインになったとのこと。2012年はラベルに「10 años después(10年後)」と書いてあります。収穫後10年たってからボトリングされた、5000本限定生産のワインです。このボデガの神髄、フィネスが感じられるワインでした。
・フィンカ・バルピエドラFinca Valpiedra はDOルエダの「フィンカ・モンテペドロソ」と同じく「ファミリア・マルティネス・ブハンダFamilia Martínez Bujanda」 のグループに属する5つのボデガの1つです。このグループの起源は1889年に初代ホアキン・マルティネス・ブハンダがリオハ・アルタのオヨン村で創設したボデガなので、今もグループの本部はリオハにあります。
「フィンカ・バルピエドラ」はフエンマヨール村とセニセロ村の間、ログローニョからも近いところにあります。出迎えてくれたのはマルタMarta S. Martínez Bujanda氏。マルティネス・ブハンダ家の5代目です。先ず連れて行ってくれたのはボデガの建物のすぐ前にある展望台です。そこからは「フィンカ・バルピエドラ」が一望できます。そしてその景色はまさに、このボデガがグランデス・パゴス・デ・エスパーニャGrandes Pagos de Españaの一員であることを一目瞭然で納得させてくれます。
エブロ川はイベリア半島で、タホ川に次いで2番目に長い川で、DOCaリオハを通り抜けるにあたり、あちこちで蛇行しています。そのカーブの一つに馬蹄形に囲まれた80haの土地が「フィンカ・バルピエドラ」が持つブドウ畑、つまりパゴです。
ここでは一番標高の高いボデガのレベルから一番低い川沿いまで、428kmから406mの標高差を3段階に分け、15の区画の畑に区分しています。区画ごとに、区画番号、植えてある品種、面積、植えた年、土壌、台木の情報が書かれた看板が立ててあり、その区画がパゴのどこに位置するかも地図で記されています。土壌はローム砂質で表層は石ころ。上の方の畑は大きめの丸い石ころに覆われています。けれども川辺に向かって下っていくと、砂の含有量が多くなっていきます。こういった石ころ状の土壌はリオハでは珍しく、その特性は、当然ながら、ワインにも反映されます。ボデガの名前の「バルピエドラ」も畑の自然条件を表現したもので、バルは谷とか流域、ピエドラは石という意味です。
現在栽培されているのはテンプラニーリョ72ha、マトゥラナ・ティンタMaturana Tinta 3ha、グラシアノ2ha、ガルナチャ・ティンタ3haそして白品種のビウラが0.2haです。区画4番は1974年に植えたテンプラニーリョで、12.80haあります。
この日はお天気も良かったのでお昼は川辺まで下りてピクニック・ランチ。エブロ川のほとりで伝統的なタパスの生ハムやトルティーリャなどとともに「カントス・デ・バルピエドラCantos de Valpiedra 2018」を飲みました。テンプラニーリョ100%で、12か月樽熟。黒いベリー系のバランスの良いワインでアウトドアにはピッタリ。クールさがあるのが「バルピエドラ」の特徴とのことです。
ボデガに戻って試飲したワイン「フィンカ・バルピエドラ・レセルバFinca Valpiedra Resrva 2015」はテンプラニーリョ92%、ガルナチャ・ティンタ4%、マトゥラナ・ティンタ4%。フレンチオーク樽で22か月熟成。先のワインより上級品なので、それなりのボリューム感、複雑味、しっかりしたストラクチャーがありエレガント。クールさを備えているのは、ここならではの畑の条件によるのでしょう。他にガルナチャ100%の「ペトラPetra」、ビウラ、ガルナチャ・ブランカ、マルバシア、マトゥラナ・ブランカのブレンドの白「フィンカ・バルピエドラ・ブランコFinca Valpiedra blanco」も試しました。ブドウ品種の名前を聞くたびに畑の各区画に立てられていた看板が浮かんでくる、畑にごく近いことが感じられる試飲でした。
翌日はラ・リオハ州の北にあるバスク州のアラバ県に行くため、この日はバスクの中心的産業都市ビルバオに1泊しました。旧市街のバル街は、月曜日のせいか、静かでした。散策した後、賑わいのあるヌエバ広場で、前にも何度か入ったことのあるクラシックな佇まいのバル「ビクトル」でタパスとチャコリでしばし歓談。
10月4日(火)はDOチャコリ・デ・アラバとDOナバラのボデガを訪問しました。
チャコリはバスク地方で伝統的に造られてきた独特な個性を持ったワインです。一般的にはキリッと酸が通った、すっきり、シャッキリした軽い白ワインというイメージがあります。
バスクのワインは十羽ひとからげにチャコリと呼ばれていますが、厳密にいうと、チャコリには原産地呼称が3つあります。国家の認定が古い順にチャコリ・デ・ゲタリアChacilí de Getaria=ゲタリアコ・チャコリナGetariako Txakolina(1990年)、チャコリ・デ・ビスカヤChacilí de Vizcaya=ビスカイコ・チャコリナBizkaiko Txakolina(1994年)、チャコリ・デ・アラバTxakolí (Chacilí) de Álava=アラバコ・チャコリナArabako Txakolina(2002年)。=の後ろはバスク語名で、スペイン語名と併記されることが多いようです。
主要品種も白ブドウはオンダリビ・スリHondarribi Zuriとオンダリビ・スリ・セラティエHondarribi Zuri Zerratie、黒ブドウはオンダリビ・ベルツァHondarribi Beltzaと、バスク独特の地場品種です。この品種名、人によって呼び方が違いそうです。というのは、チャコリ・デ・アラバの統制委員会のサイトではオンダリビHondarribiと記されていますが、ゲタリアの統制委員会のサイトではHondarrabi、ビスカーヤの統制委員会のサイトではHondarribiが使われています。また最初のオがHoで始まるバージョンとOで始まるバージョンがありますが、発音は同じです。セラティエも最後がエではなくアのセラティアの場合があります。ボデガの方に「オンダリビ?それともオンダラビ?」と聞いたところ、オンダラビだと言っていました。
また、チャコリは、これもまた独特の、薄いガラス製の大きめのコップに高い位置から注ぐ伝統があるので、バスクのバルではカマレロ(サービスパーソン)がボトルを持った片手を高く上げてワインを注いでいる姿が普通に見られます。
DOチャコリ・デ・ゲタリアには美食の町として知られるサン・セバスティアンがあり、DOチャコリ・デ・ビスカヤにはビルバオがあります。そしてこの2つのDOはカンタブリア海に面しています。一方、今回訪問するDOチャコリ・デ・アラバは認定地域内に大都市もなければ海もありません。正直、車がなければどうやってたどり着けばいいのかわからない、微妙な内陸地域にありました。
・アストビサAstobiza:はDOチャコリ・デ・アラバに属しています。前記のDOCaリオハのサブゾーン、リオハ・アラベサがアラバ県の南の端に位置しているのに対し、チャコリの産地はアラバ県のなかでも北の端の部分で、この2つのDOはかなり離れているため、ブドウ栽培条件は全く異なります。そのためできるワインは全く別種のものです。
「アストビサ」はDOチャコリ・デ・アラバの認定地の中でも一番北に位置するオコンド村にあります。すぐ北に接するDOチャコリ・デ・ビスカヤも近いのですが、まったく別世界です。これまで訪問したことのある他の2つのチャコリの産地では、畑は海に向かうなだらかな傾斜に沿って広がっていましたが、ここは山の中。訪問した日も、山中の深い緑の谷に霧が漂っている神秘的な光景でした。
「アストビサ」はハビエル・アバンドXabier Abandoとベゴーニャ・モユアBegoña Moyuaの夫妻が始めたファミリー・プロジェクトです。1996年にブドウを植え始めたものの、なかなかうまくいかず、試行錯誤の末、10年たった2006年に醸造設備を立ち上げて、翌2007年からワイン造りを始めました。
山小屋のような佇まいのボデガの横の斜面にある畑は垣根作りです。土壌は石灰粘土質で、ここがかつて海だったことから、ワインに塩っぽさが出るとのこと。栽培しているのは地場品種のオンダラビ・スリOndarrabi Zuriが中心で、他にオンダラビ・スリ・セラティエOndarrabi Zuri Zerratie(プティ・コルブPetit Corbu)とイスキリオタIzkiriota (グロ・マンサンGros Manseng)があります。
ここでは看板ブランドの「アストビサ」の他に、長期熟成を目的としたチャコリを造っています。「マルコアMalkoa」です。収穫後4~6年後に発売し、その後10~15年は瓶熟成していくことが想定されています。オンダラビ・スリのフリーランジュースだけを使い、卵型のセメント容器で、気温の日較差により自然に起こる澱の対流を利用し、20か月ほど熟成。瓶詰後寝かせます。2017年ビンテージは金色に近い色で、ボリューム感がありますが、酸味もしっかりしていて、塩っぽさが感じられ、個性のしっかりした貝類に会いそうです。
「マルコア」はこれまでのチャコリのすっきり、シャッキリのイメージを壊さずに、熟成感を楽しめる、新しいチャコリと言えるでしょう。
また、「アストビサ」は、前出のイスキリオタという、スペインではめったに耳にすることのない品種を遅摘みにして甘口ワインを造っています。
一方で、フレッシュさが命のチェコリ「ピルピルPilPil」を、バッグ・イン・ボックスの内側のバッグだけ使ったという感じの、プラスチック容器で発売しているのがユニークで、冷蔵庫に収納しやすいし、理にかなった良いアイデアだと思います。
他にジンやベルモットも作っている、制作意欲旺盛なボデガです。
この日の午後はDOナバラに行く予定なので、途中のラグアルディアという城壁に囲まれた中世そのままのような町のレストランで、ハビエル・アバンドさんと共に、昼食をいただきました。この町はDOCaリオハのサブゾーン、リオハ・アラベサ内にあります。この辺りは野菜も豊富な地域なので、メネストラ・デ・ベルドゥーラス(野菜の煮込み)とアルボンディガス(肉団子)を、もちろんチャコリで、いただきました。
DOナバラはもともとロゼ・ワインの産地として知られていましたが、80年代から90年代にかけて、シャルドネやカベルネ・ソーヴィニョンといった国際品種を積極的に取り入れ、新しい技術を導入することにより、インターナショナルな感覚のしっかりした白と赤を生産する地域に変身しました。ナバラ州と言えば牛追い祭りのパンプローナ市が有名ですが、ワインの産地はその南から始まります。位置的には、DOCaリオハのサブゾーン、リオハ・オリエンタルの上に乗っかるような形で接し、南の端はアラゴン州のDOカンポ・デ・ボルハと接しています。北部はカンタブリア海やピレネー山脈の影響を受けますが、南部はエブロ川沿岸地帯のため、気候的にも土壌的にも違いがあります。
・チビーテ・ファミリー・エステイツChivite Family Estates はDOナバラの中では北西の端にあるサブゾーン、ティエラ・エステーリャに属していて、パンプローナとログローニョの間ぐらいにあるエステーリャという、サンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼街道が通る町の近くにあります。その創設は1647年。現在、当主は11代目のフリアン・チビーテ氏です。
訪問した日はお天気も良く、まず畑を見学しようということで乗った車は、頑丈そのもの。チビーテのボデガの敷地は「フィンカ・レガルデータFinca Legardeta」といって240haあり、その中でブドウ畑になっているのは125ha。こんもりと森になっているところがかなりあり、しかも山あり谷ありで、ブドウ畑の区画の間を走っていても、かなり急な上り坂、下り坂&でこぼこ&狭い。けれども、やっとのことでたどり着いた見晴らし台からの眺望は抜群でした。これだけ起伏があるということは、畑の区画ごとに、土壌や日照条件などが異なっているということで、品種ごとに最も適した条件の区画が選ばれて栽培されているとのことです。
ボデガの入り口の畑は、以前はシャルドネとカベルネ・ソーヴィニョンが植えらえていましたが、テンプラニーリョとガルナチャに植え替えたとのこと。スペインではこのところ地場品種が注目されていて、各地で使用認定品種として追加されています。ここもその流れに沿って外来品種からスペインの地場品種への回帰が進んでいるようです。
試飲は別の展望台兼テイスティングルームで行いました。この日は、フリアン・チビーテ氏が、会議があったサン・セバスティアンからわざわざ戻ってきて試飲に参加して下さいました。目の前に広がる畑を見ながら飲むワインは格別です。
チビーテのワインには4つのシリーズがあります。最初は「ラス・フィンカスLas Fincas」。フリアン・チビーテ氏と著名なバスクのシェフ、フアン・マリ・アルサック氏のコラボで生まれたワインです。ロゼは樽発酵のガルナチャ・ティンタ100%、白はガルナチャ・ティンタのブラン・ド・ノワールにガルナチャ・ブランカでクールなニュアンスを加えた「2ガルナチャス2 Garnachas」です。シェフとコラボというだけあって、まとまりの良い、料理に合わせやすいタイプです。
「フィンカ・レガルデータFinca Legardeta」はシャルドネ、シラー、ガルナチャの3つの単一品種ワインです。赤は樽熟1年、白は部分的に樽発酵しています。
「ラ・ソレラLa Zorrera」は広大な所有地内のわずか6.65haしかない区画「ラ・ソレラ」で栽培されるガルナチャで造られたワインです。この区画は標高487mから550mにある、南西向きの、傾斜度22%に至る斜面にあり、2000年に植えられています。土壌は石灰粘土質。大西洋の影響を受ける内陸部にあるこの地では、ガルナチャは熟すのに時間がかかりますが、完熟します。そのため、「ラ・ソレラ」はボリューム感がありながら酸とのバランスのとれた繊細でエレガントなワインになるとのこと。
ちなみに、ソレラとはキツネが隠れる穴のことです。キツネがいても全然不思議はない自然あふれる環境です。ただ、実際にブドウ畑で見かけたのは鹿でした。
この日は、翌日もDOナバラ圏内のボデガなので、エステーリャ村に宿泊しました。巡礼宿アルベルゲはあるのですが、もしかしたら巡礼者は早起きするからかもしれませんが、夜のバルの賑わいはありません。「エスタシオン」という、かつて鉄道が通っていた時代に駅舎だった建物を使ったレストランで夕食を食べ、早めに引き上げました。
10月5日(水)はこのプログラム最後の日です。前日と同じDOナバラの認定地域内にあるビノ・デ・パゴ=VPを訪問しました。VPはグランデス・パゴス・デ・エスパーニャの“パゴ”と同じく、畑の区画を指し、自社で所有する特有のテロワールを持った畑のブドウだけを使い、その敷地内で生産したワインですが、原産地呼称法で認定されるカテゴリーなので、高い品質を維持するべく、厳しい規定が敷かれています。現在スペインには24のVPがあり、そのうちパゴ・デ・アリンサノPago de Arínzano、パゴ・デ・オタスPago de Otazu、プラド・デ・イラチェPrado de Irache、フィンカ・ボランディンFinca Bolandiínの4つがナバラ州にあります。
・VPプロピエダ・デ・アリンサノPropiedad de Arínzano もしくはパゴ・デ・アリンサノPago de Arínzanoは、「チビーテ」の向かいにありました。前日、「これは何だろう」と思って見ていたシンプルなデザインの巨大な門が入り口でした。この門はスペインの建築家ラファエル・モネオRafael Moneoのデザインで、ボデガのロゴもこの門をデザインしたものです。
「プロピエダ・デ・アリンサノ」は1055年にまでさかのぼる長い歴史があります。この年、サンチョ・フォルトゥニョネス・デ・アリンサノが、ナバラ王から拝領していた土地を近隣の修道院に譲渡し、ワインを造らせ、サンティアゴ巡礼者たちに施していたことが記されています。その後何代か所有者は変わり、2015年、現オーナー、SPIグループのワイン部門テヌテ・デル・ムンドTenute del Mundoが入手しています。
355haある敷地内には16世紀に建てられた塔や18世紀に建てられた邸宅、19世紀に建てられた教会が残っていて、ボデガはそれらの景観を邪魔しないように配慮されたデザインになっています。
128haあるぶどう畑へは、この日もまた4輪駆動の頑丈な車で向かいます。案内してくれたのはブドウ栽培と醸造の主任、ホセ・マヌエル・ロドリゲスJosé Manuel Rodríguez Agudo氏。大変な上り坂、下り坂に、森あり、灌木帯あり、草原あり、川ありの敷地内を走り回りました。高台から見たその全景は、中世の建物も含め、まさに領主の地所といった感じです。豊かな自然条件の中のパゴです。ちなみにボデガ名のプロピエダは所有地という意味です。
栽培している品種は主にテンプラニーリョとシャルドネです。土壌は、沈泥、泥灰土、粘土、石灰岩が崩れたものなど多様で、標高や日照などによって様々な条件の区画があります。
「アリンサノ」はいろいろなタイプのワインを造っています。そのため、ボデガの中には様々なタイプの熟成容器が並んでいました。樽は225ℓから1000ℓまで。最近よく使われるようになっている素焼きの壺、アンフォラもありました。
テイスティングは16世紀の塔の中で。最初に試したのは、さすがナバラと言いいたような、美しい色のテンプラニーリョ100%のロゼ、「Aデ・アリンサノA de Arínzano」。表層は砂と石ころ、下層は粘土という区画のブドウで、ロゼ用に早めに収穫するとのこと。フレッシュでクリーミーな口当たりが快いワインです。次は「アシエンダ・デ・アリンサノHacienda de Arínzano」シリーズのシャルドネ100%の白。赤はテンプラニーリョ85%、メルロー10%、カベルネ・ソーヴィニョン5%。いずれもフレンチオーク樽で熟成。しっかりした造りですが、飲みやすいワインです。次の「アリンサノ・グラン・ビノGran Vino」シリーズは白がシャルドネ100%で、除梗なし。9~12か月フレンチオーク樽で熟成。赤はテンプラニーリョ100%。14~18か月フレンチオーク樽熟成で、とても力強いワインです。もう一つ「アリンサノ・ラ・カソナLa Casona」という赤はテンプラニーリョ75%、メルロー25%。樽熟14か月。フルーティさがあり、まろやかなワインです。実際の試飲の順番は白が先で、次に赤でした。(写真参照)そして最後はオーガニックのメルロー100%「アグリクルトゥーラ・ビオロヒカ・メルローPropiedad de Arínzano Agricultura Biológica Merlot(ビオ栽培のメルロー)」。繊細さがありながら、しっかりした骨格の、力強いワインです。いずれも大変エレガントで滑らかな口当たりなので気が付きませんでしたが、全てアルコール度14%以上でした。
こうして、グランデス・パゴス・デ・エッスパーニャ(=GPE)所属で、スペイン北部にある15のボデガの訪問は終わり、パンプローナの駅から列車でマドリッドに戻りました。
そして翌日。マドリッドの中心にあるワインで有名なレストラン「ガルシア・デ・ラ・ナバラGarcía de la Navarra」でGPEの事務局を務めるベアトリス・エルナンデス氏と共に最後のテイスティング。今回行けなかったボデガ4軒のワインを1本ずつ試しました。
ピレネー山脈のふもと、DOソモンタノにある「セカスティーリャSecastilla」の「セカスティーリャ・ガルナチャ2017」。古木のガルナチャ・ティンタ100%で、色がすごく濃いわりにデリケートで繊細です。
アンダルシアのDOシエラス・デ・マラガの内陸に位置するサブゾーン、セラニア・デ・ロンダにあるボデガ、「コルティホ・ロス・アギラレスCortijo Los Aguilares」の「パゴ・エル・エスピノ Pago El Espino 2019」はプティ・ヴェルド71%、シラー20%、テンプラニーリョ9%。畑は標高900m地帯にあり、ワインはデリケートでミネラル感あり。
ラ・マンチャ州の東の端にあるDOマンチュエラの「フォンカ・サンドバルFinca Sandoval」の「パラヘ・カサ・ブランカParaje Casa Blanca 2020」は、ラベルにある通り、「石灰土壌」の区画で栽培したシラーと、ボバルのブレンドで、フルーツの凝縮感とボディのあるヴィヴィッドなワインでした。
ラ・マンチャ州西部のトレド山地にあるボデガ「パゴ・デ・バリェガルシア Pago de Vallegarcía」は2019年にVPに認定されています。主要品種はフランス品種ですが、2018年からガルナチャ、カリニェナ、モナストレルというスペインの地場品種3種の栽培を始めています。その「イペリアHipperia」はビンテージによって割合は違いますが、カベルネ・ソービニヨン、カベルネ・フラン、メルロー、プティ・ヴェルドを使っています。最初はボルドーっぽい感じでしたが、開いてくるとスペインっぽくなる面白いワインです。
今回はグランデス・パゴス・デ・エスパーニャGrandes Pagos de España=GPEに属する スペイン中央北部にある15社の訪問でしたが、いずれも、自社畑“パゴ”の力を表現したワインを造るため、情熱を傾けている人々の勢いを感じさせてくれました。
GPEは現在36社が加盟して、それはスペイン全土に散在しています。今回訪問できなかったボデガも、出来るだけ早く訪問させていただきたいと思っています。
輸入されているワインも多く、いずれも素性のはっきりした質の高いワインです。ぜひ、畑を思い浮かべながら、お試しください。