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ビノス・デ・マドリッドVinos de Madrid

 スペインの首都マドリッド。街の中心部だけしか見る機会がないと、マドリッドでブドウが栽培され、ワインが造られているとはとても思えません。けれども東京と同じく、一歩外へ出れば、山も畑も、そしてブドウ畑もあるのです。

スペインのほぼ真ん中に位置するマドリッド州は三角帽子のような形をしていて、主なワインの産地はその底辺部分にあります。

原産地呼称ビノス・デ・マドリッドDOP Vinos de Madridができたのは1990年8月です。3つのサブゾーンから成っていて、東からアルガンダArganda、ナバルカルネロNavalcarnero、サン・マルティンSan Martínといいます。そこに4つ目のサブゾーン、エル・モラルEl Molarが2019年5月に加わりました。これはアルガンダの少し北に位置しています。

DOPビノス・デ・マドリッドには品質の高いワインを造っているボデガがあり、高い評価を受けているワインもありました。けれども特に話題にはなりませんでした。それが、このところ何かというと「グレドス山脈のガルナチャGarnacha de la Sierra de Gredos」が取り上げられるようになり、DOPビノス・デ・マドリッド自体も活気が出てきています。

グレドス山脈というのはマドリッド州の西部にある中央山系Sistema Centralの一部で、DOPビノス・デ・マドリッドのサブゾーン、サン・マルティンに含まれています。ただ、すぐ南に接しているカスティーリャ・ラ・マンチャ州のDOPメントリダMéntridaも、北西に接するカスティーリャ・イ・レオン州のアビラÁvila県も、「グレドス山脈のガルナチャ」を売り出してきています。

ガルナチャはアラゴンが起源と言われているだけあって、スペイン北東部のアラゴン州のDOPカラタユやDOPカンポ・デ・ボルハでは素晴らしいワインが造られています。また隣接するカタルーニャ州のDOPプリオラトでもガルナチャに力が入れられています。ただ、品種はガルナチャですが、イベリア半島北西部と中央部とでは、当然ながら、出来上がるワインの個性がかなり違います。

☆次の記事もご参照ください。:https://www.vinoakehi.com/2018/08/ガルナチャの地terra-de-garnactxes.html

 

今回は、久しぶりのDOPビノス・デ・マドリッドで、まずは「グレドス山脈のガルナチャ」の地、サン・マルティンへ向かいました。ここにはラス・モラダス・デ・サン・マルティンLas Moradas de San MartínやベルナベレバBernabelevaといった、情熱的なワインメーカーが素晴らしいワインを造るボデガがあります。ただ今回は、新たに2軒のボデガを訪問しました。

 

ボデガス・マラニョネスBodegas Marañones

 このボデガのワインメーカー、フェルナンド・ガルシアFernando Garcíaさんには何度か試飲会で会ったことがあります。黒ぶちの大きなメガネが、一見大学生のような感じで、人懐っこい笑顔の人です。彼は、同じく素晴らしい若手醸造家として知られるダニエル・ランディDaniel Landiさんとともに「コマンドG Comando G」を立ち上げるなど、グレドス山脈の自然にこだわったワイン造りをしています。

そんなわけでボデガス・マラニョネスのワインは知っていたのですが、畑やボデガを訪問するのは初めてです。今日はオーナーのフェルナンド・コルネホJ. Fernando Cornejoさんが案内してくださいます。

マドリッドの中心から西に向かって走ること約1時間。サン・マルティン・デ・バルデイグレシアスSan Martín de Valdeiglesiasという村が見えてきます。一番高いところにはきれいに修復された、15世紀建造の古城があります。フェルナンドさんは、市と半々でこの古城の所有権を持っているのだそうです。そして、ここにはエピソードが。

ある日、フェルナンドさんが古城の横の古い畑を見ていると、その畑の持ち主が畑に入るときに靴を脱いだのです。訳を聞くと、ブドウを育んでくれる畑に敬意を表して靴を脱ぐのですとのことでした。フェルナンドさんはこの畑を入手し、その収穫でできるワインを「ピエス・デスカルソスPies Descalzos=裸足」と名付けました。アルビーリョ・レアルという、この地域の白品種のブドウです。この品種の栽培面積はスペイン全体で300~400haしかなく、今植え付けが進んでいるとのことです。

村を後に15分ほどで目的地に到着。「ボデガ・マラニョネス」と書かれた石の標識の先は自然がいっぱい。畑は雑木林や谷や岩山の合間など、あちこちに点在しています。

フェルナンドさんは「風景への敬意El Respeto por el Paisaje」をモットーにしています。それだけに領地内も自然のままの野山で、道もでこぼこ。けれどもその先には必ず、なるほどと思わせる風景が待っています。大きな岩に上ると谷の向こうに緑の山々が連なっていたり、林に入ると急にひんやりした空気に包まれたり、そして目の前や、すぐ脇に畑があるのです。この日はちょうど、畑では馬がブドウの樹の列の間に見え隠れしながら働いているのが見えました。

彼のワイン造りの条件は、標高の高い区画、樹齢の高い畑、地場品種、花崗岩質の土壌、常にやわらかい風が吹く地中海性気候。それを持つ土地で、素晴らしい醸造家と、土地を愛する栽培者たちとのチームワークで造られるワインは、どれもブドウが生まれ育った地を表現した、個性がきわだつ逸品です。「ピカラナpicarana」と「ピエス・デスカルソスpies descalzos」はどちらもアルビーリョ・レアル100%ですが、熟した洋ナシのようでまろやかなピカラナに対し、大きな白い花のような繊細さを持ったピエス・デスカルソス。赤は2016年ヴィンテージを試飲。ソフトで繊細な「3万マラベディエス30,000 maravedíes」、フローラルな「マラニョネスmarañones」、フレッシュな「ラブロスlabros」、フルーティな「ペニャ・カバリェラpeña caballera」。最初のワインだけガルナチャ90%+地場品種10%ですが、あとの2つはガルナチャ100%。第一印象を書きましたが、それぞれが奥深い個性を持つワインです。

 

ボデガス・バリェイグレシアスBodegas Valleyglesias

 このボデガのオーナー、オカーニャ兄弟は少し変わった経歴の持ち主。フェルナンド・オカーニャFernando Ocañaさんはマウンテンバイクのプロのレーサーとして11年活躍してきました。けれども、ブドウ栽培、醸造、ワインマーケティングの修士号を取り、今ではボデガのオーナーとして畑仕事にも精を出しています。ルイス・オカーニャLuis Ocañaさんもマウンテンバイクのレーサーでしたが、後にミュージシャンになり、今ではレストランとワイン&ミュージック・バーの顔として働いています。

こんな二人のワインも、基本的に、グレドス山脈のアルビーリョ・レアルとガルナチャです。畑は標高600~1200mの山肌にあり、株作りの樹齢の高い樹を使っているとのこと。今回試した最初のワインは「A² 2018」。これはアルビーリョとモスカテル・デ・グラノ・メヌードの白。「ラ・パハラ La Pájara 2018」はアルビーリョ・レアルをフレンチオークの新樽で発酵させたもので、鳥の絵のラベルが強いインパクトを与えますが、白い花の蜜や熟れた洋ナシのようなイメージで、酸とのバランスも良いワインです。赤ワインはガルナチャです。「Gロック G Rock 2017」と「G² 2017」。「G Rock 2017」は名前の通り、気取りのない飲みやすいワインです。「G² 2017」は「Gロック」とは全く違い、ガルナチャの古木を使ったもので、野生のベリーやハーブといった自然が感じられる、繊細さのあるワインです。マウンテンバイクのレーサーとロックの心意気を失わない兄弟の、面白いワインです。

 

ボデガス・リシニアとボデガス・ムスBodegas Licinia y Bodegas Muss

 

サン・マルティンを後に、ナバルカルネロを横切って、一気に東の端のアルガンダArgandaへ向かいました。サン・マルティンは山がちで植生豊かなのに対し、ナバルカルネロは平坦で乾燥した、ラ・マンチャの平原につながっていることが感じられる地です。そして、アルガンダですが、ビノス・デ・マドリッドの中で一番認定畑の面積が広い地域で、全体の50%以上を占めています。タホ川Rio Tajo(水源をアラゴン州のテルエル県に持ち、イベリア半島のほぼ中央部を東から西に流れ、首都マドリッドの南、古都トレドを通り、ポルトガルに入ってテージョ川と呼ばれ、リスボンで大西洋に流れ込む川)の支流のハラマ川Rio Jaramaの支流であるタフーニャ川Rio Tajuñaとエナレス川Rio Henaresの影響を受ける地域です。ちなみに、サン・マルティンを流れるアルベルチェ川Río Albercheも、ナバルカルネロを縦断するグアダラマ川 Rio Guadarramaもタホ川の支流です。

アルガンダはサン・マルティンと同じDOPビノス・デ・マドリッドのサブゾーンの一つですが、主要品種は変わって、白がマルバールMalvar、黒がテンプラニーリョTempranilloです。

 リシニアLiciniaとムスMussは2つ別々のボデガとして登録されていますが、姉と弟といった感じでしょう。いずれもモラタ・デ・タフーニャMorata de Tajuñaという、マドリッドの中心地、プエルタ・デル・ソル広場から30㎞、マドリッドの中心地から出ている地下鉄の終点、アルガンダ・デル・レイ駅から少し南に下ったところにある村の同じボデガを使っています。

リシニアは品質の高いワインを造ることを目的とし、そのためのブドウを栽培するのに最適な土地を探すことから始めたプロジェクトです。ブドウを植え始めたのが2005年とのこと。現在は28haあり、全てオーガニックです。若いボデガとはいえ、そのワインの評価は高く、印象的なラベルと共に、広く海外にも知られるようになっています。このボデガが造るワインは「リシニア」だけ。半分ほどがテンプラニーリョで、他にカベルネ・ソーヴィニョン、シラー、メルロー。配合の割合は毎年変わります。フランテ・オークとハンガリアン・オークの樽で1年半ほど熟成し、2年以上瓶熟してから出荷します。この日試したのはヴィンテージ2013年でした。マドリッドの都会的で重厚なイメージを感じられるワインではないかと思います。

リシニアでマドリッドの地の力を印象付けたチームが、あらたに生み出したのがムス。畑があるのはアルガンダの中では北部に位置する、タフーニャ川沿いの標高が900mに至る地域です。ここでは長年ブドウ栽培に従事してきた人たちの知識と、新しい畑を扱うことで培ってきた技術とを合わせて、土地を最大限に表現するワインを造ろうとしています。テンプラニーリョの割合はリシニアより多く、他は同じくカベルネ・ソーヴィニョン、シラー、メルローを使っています。熟成はフレンチオークとアメリカンオークの樽で半年ほど。試したのは2016年ヴィンテージ。フルーティでフレッシュ。飲みやすいタイプですが、存在感もしっかりあります。

こんなモダンなインターナショナルに高い評価を得られるワインを造っているチームなのですが、みんなとてもほっこり暖かな人たちです。今ガルナチャのワイン造りを試して4年目とのこと。このチームの次のワインが楽しみです。

 

ボデガ・デル・ネロBodega del Nero

 このボデガもアルガンダですが、アニスというリキュールで有名な、歴史ある可愛い町、チンチョンChinchónにあります。1870年創設で、現在は5代目が継承しています。ボデガは150年以上前に建てられた建物を使っているため、その分厚い壁がワイン造りには大変良い条件を作り出しています。そして中では100年以上前に作られたというティナハが、今も昔と同じように活躍しています。最近、スペイン各地でティナハやアンフォラといった素焼きの壺の効用が見直されていて、重用されているため、新たに大型のティナハも生産されているそうです。とはいえ、ここのティナハは年代物です。他にも古いセメントタンクがあり、これも実際に使用しています。ボデガのそこここに、かつてワイン造りに使われていた様々な道具が展示されていて、ボデガの歴史が感じられる、生きた博物館になっています。

「ボデガ・デル・ネロ」のワインは「ネリNari」というブランドで、アイレンAirénとマルバールMalvarの白、Tempranilloの赤、同じくTempranilloのクリアンサがあります。

赤ワインの造り方は除梗破砕、発酵、マセレーションを20日ほど行い、液だけ抜いてティナハに移し、そのまま年を越します。クリアンサの場合はその後樽熟します。「バルデリセダValdeliceda」という100年以上の古木のティント・フィノTinto Fino(テンプラニーリョと区別しています)を使ったワインも同じようにティナハで年を越した後、樽熟されます。

こういった伝統的な造りをしたワインですが、若い白や赤はフルーティで酸とのバランスが良く、飲みやすいタイプです。

 

マドリッドはスペインの玄関です。マドリッドに到着したら、ぜひワインの産地にも訪れてみてください。別のマドリッドの顔を知ることができるでしょう。もし町を出る時間がなければ、バルに寄ってみてください。マドリッドのワインを置いているバルが増えてきています。サン・マルティンのアルビーリョとガルナチャ、アルガンダのマルバールとテンプラニーリョ。個性豊かなボデガのそれぞれの味を楽しむことができます。

 

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