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パゴ:シェリーの場合 PAGOS en caso del Marco de Jerez

「パゴPago」という言葉がよく聞かれます。スペイン・ワインの原産地呼称のカテゴリーにあるビノ・デ・パゴVino de Pagoは、スペイン貿易庁ICEX の日本語サイトでは、“単一ぶどう畑限定高級ワイン”と訳され、 “特定の村落で、他とは際立った違いのあるテロワールを持つ畑から生産される個性的な高品質ワイン”と説明されています。

ビノ・デ・パゴが、EUの承認も含め、公的に承認されたのは2003年のことでず。故マルケス・デ・グリニョン=カルロス・ファルコ氏が、自分の所有地「ドミニオ・デ・バルデプサDominio de Valdepusa」で出来るワインのように、ブドウ畑のテロワールの独自性を表現したワインに対する特別のカテゴリーを提唱してきたもので、現在20か所が認定されています。彼を中心とする仲間のボデガが集まって2004年に発足したグループ「グランデス・パゴス・デ・エスパーニャGrandes Pagos de España」には自社畑のテロワールを表現したワインを生産するボデガとして35社が参加しています。

「グランデス・パゴス・デ・エスパーニャ」のなかの1社がシェリーのボデガ「バルデスピノValdespino」です。シェリーは畑やブドウより、酒精強化や熟成システムの方が注目されていたため、これまでは畑について語られることがあまりありませんでした。けれどもシェリー地域=マルコ・デ・ヘレスMarco de Jerezと呼ばれるシェリー&マンサニーリャ用のブドウ栽培認定地域には、以前からパゴという概念は存在し、それぞれの名前で呼ばれていました。また、パゴの中には畑の区画があり、それにも各々の名前が付いていました。そして今、「ワインは畑から」という概念はシェリー地域のワイン生産者の間で広まり始め、パゴ、そしてテロワールを前面に出した製品がどんどん市場に出てきています。

その一つがDOリベラ・デル・ドゥエロで「ピングスPings」と「アシエンダ・モナステリオHacienda Monasterio」を造る著名な醸造家ピーター・シセックPeter Sisseckのシェリーです。彼が、畑を買い、ボデガと熟成されていたフィノの樽を入手し、自分の畑の収穫のワインを継ぎ足していくことによって、その畑の個性を持ったフィノに仕上げていこうというプロジェクトに着手したことは大ニュースになりました。彼のボデガは「サン・フランシスコ・ハビエルSan Francisco Javier」、フィノは「ビニャ・コラレス・パゴ・バルバイナViña Corrales Pago Balbaína」。バルバイナというパゴにあるコラレス畑という名前です。

5月に開催されたスペイン国産ワイン展FENAVIN(https://www.vinoakehi.com/2022/05/fenavin-2022.html参照)や、ノーブルワイン展VINOBLE(https://www.vinoakehi.com/2022/06/vinoble-2022.html参照)でも注目していたボデガがあり、そのうち何軒かを訪問してきました。

 

バルデスピノValdespino

 「バルデスピノ」は現在「エステベス・グループGrupo Estévez」に属していますが、もともとは独立したボデガでした。その歴史は古く、国土回復運動のなか、1264年、ヘレスの町をイスラム支配から解放したカスティーリャ王アルフォンソ10世の軍に従ってやってきたアルフォンソ・バルデスピノが、戦勝の褒賞として授かった土地でブドウ栽培を始めたところまで遡ります。会社としての設立は1875年。1999年にホセ・エステベスJosé Estévez社の参加に入るまで、ヘレスの町中のボデガをバルデスピノ家が維持し続けてきました。そしてこのボデガは常に自社畑のブドウを使ってワインを造り続けてきたのです。それは古いヘレス地域の地図で、畑の一区画にバルデスピノと記されているのを見てもわかります。この畑はパゴのなかでも最も有名な、つまり品質の高い土壌を持つパゴのひとつ、マチャルヌード・アルトMacharnudo Altoのなかにあります。

58 haあるバルデスピノ畑はマチャルヌード・アルトの中でも標高の高いところに位置しています。そのため、畑の中で最も高い135mのところに立てられたキリスト像まで上ると、いつもかなりな風が吹いています。そして、ここからは北西の方向にサンルーカル、その左手にカディス方面が広く見渡せます。特に樹齢30年以上の区画が9.5 haあり、ここだけは今でも手摘みをしているとのことです。

最後のオーナー、ミゲル・バルデスピノMiguel Valdespino氏は、一族でボデガを引き継ぐ人がいなかったため、ボデガを手放し、ワインも樽も、ともにヘレス郊外のエステベス・グループのボデガに移動されました。けれども、現在もかわらず、そのフィノ「イノセンテInocente」、そしてこのフィノが熟成していくアモンティリャド「ティオ・ディエゴTio Diego」はパゴ・マチャルヌードの一角を占めるバルデスピノ畑のブドウを使い、樽発酵したワインで造られています。

 

ルイス・ペレスLuis Perez

 今、ヘレスで注目される醸造家の一人、ウィリー・ペレスWilly Pérez氏のボデガ「ルイス・ペレスBodegas Luis Pérez」。ボデガの名前は父親ルイス・ペレス氏のもので、元ドメックの醸造家であり、カディス大学の醸造学教授でもあった方で、2002年、息子と共にこのボデガを開設しています。当初はメルロー、シラー、プティ・ヴェルドといった外来品種でスティル・ワインを造っていました。黒ブドウの地場品種、ティンティーリャ・デ・ロタを手掛けたのは2011年、「シェリーは畑からJereces desde el viñedo」というプロジェクトに着手したのは2013年のことでした。

現在3か所に畑を持っています。メインのボデガがあるのはヘレスの町からも近いコルチュエロCorchueloというパゴです。マチャルヌドとアニナAñinaの間にあって、標高は100m以上。トシナTocinaという、アルバリサと石膏質の泥灰岩が層になった古い土壌で、他にはあまりないそうです。ミネラル感、凝縮感のあるワインができるということで、ここではスティル・ワインを造っています。ボデガの建物のすぐ下の畑ではアルバリーニョとかリースリングとか、アンダルシア州の中でも南部に位置するヘレスでは考えられないようなブドウ品種も栽培して、ワインを造ってみているそうです。

もうひとつは、ヘレスのパゴのなかでは一番海に近いバルバイナ・アルタBalbaína Altaにある(バルバイナ・バハはエル・プエルト・デ・サンタ・マリア市に帰属)、エル・カルデリン・デル・オビスポEl Calderín del Obispoという畑です。土壌は下の方は粘土質のアルバリサ、上の方はバラフエラBarajuelaという層状になったアルバリサで、ここではティンティーリャ・デ・ロタを栽培しています。

最後の一つはカラスカルCarascalというというパゴで、ヘレスの町の北、3つのなかでは一番内陸、海から約20㎞のところにあります。ボデガが所有する土地Fincaはエル・コレヒドールEl Corregidorという名前で、19世紀前半には確立されていたとされ、以前は「サンデマンSandeman」のものでしたが、のちに15年ほど放置されていたのを修復しました。ここは標高が113mで土壌はバラフエラBarajuela。栽培されるブドウは地場品種のペドロ・ヒメネス、ティンティーリャ・デ・ロタ、そしてもっと多いのが樹齢45年以上のパロミノ・フィノです。

このブドウで造られるのが「ラ・バラフエラ」という”シェリー“です。なぜカッコ付きにしたかというと、酒精強化されていないため、今のところ、認定条件を満たしていないと判断されるからです。熟成を待って収穫されたブドウは天日干しされ(ソレオsoleo)、糖度が上がった果汁は自然酵母で樽発酵されます。発酵が終わり、澱が沈殿した状態で各樽を試飲し、フィノにするかオロロソにするか決めます。フィノと判断されたワインはそのまま樽の中で自然に発生するフロールのもとで熟成していきます。伝統的に、地元で飲まれていたシェリーの製法に則って造られた製品として注目されています。

18世紀に地元民が飲んでいた白ワインのタイプとして、酒精強化せず、自然発生するフロールの影響を生かした”シェリー“のフィノorマンサニーリャが市場に登場させたのが「エキポ・ナバソスEquipo Navazos」です。ポートとドウロのワインメーカーとして知られるディルク・ニーポートDirk Niepoort氏と共に造った「ナバソス・ニーポートNavazos Niepoort」。2008年ビンテージでした。

「ルイス・ペレス」で試飲したワインは「エル・ムエリェEl Muelle(カラスカルのパロミノ・フィノの白:フルーティでボリューム感がある)」,「エル・エスクリバノEl Escribano(マチャルヌドのセロ・デ・オビスポCerro de Obispo畑のパロミノ・フィノ。樽発酵し1年間フロールのもとで熟成。香り豊かで複雑味がある)」、「カベルビアCaberrubia」(カラスカルのパロミノ・フィノの複数収穫年ワインのブレンド。明るい琥珀色。熟したフルーツ感)。 バルバイナからはティンティーリャ・デ・ロタの3本;「マリスミーリャMarismilla (酸味がきれいなロゼ)」、 赤の「エル・トリアングロEl Triángulo」と「ティンティーリャTintilla」はスパイシーな香り、スムーズな口当たりで、クールな印象。

参照:http://bodegasluisperez.com/

 

コタ45 Cota 45

 「コタ45」はヘレス地域のアルバリサ土壌を徹底的に調べたうえでワイン造りをしているラミロ・イバニェスRamiro Ibáñez氏のボデガです。彼はサンルーカル生まれで、醸造学を勉強したのち、各地を回って経験を積んだのち、故郷に帰り、テーマである、アルバリサに根差したワイン造りのプロジェクトを始めたのは2012年のことです。

「コタ45」は標高45mという意味で、サンルーカルではこの高さ以上に良い畑があると言われているそうです。もともと彼のボデガはグアダルキビール川沿いにあったのですが、手狭になったため、最近バリオ・アルト(標高が高い地区)に引っ越してきました。

ここでまず説明されたのはアルバリサの種類です。写真の前列左からレンテフエラLentejuela、トスカ・セラダTosca cerrada、バラフエラBarajuelaです。アルバリサは、この地域が海底だった時代に生息していた珪藻や放散虫の殻の化石が積み重なってできている土壌で、その含有量によってブドウの樹や果実の特性が異なり、従ってできるワインの特性も違います。レンテフエラはパラパラと崩れやすく、穴の多いタイプで、雨をためやすい構造になっています。ここでは樹も実が大きくなり、実の皮は薄く、繊細なワインになります。バラフエラはこの3つの中では一番多く石灰分を含み、トランプのカードのように薄い層が積み重なった構造になっていて、根が通りにくいため、樹が成長し辛く、実も小さく、皮が厚くて硬く、糖度も上がります。そのためワインが凝縮度の高いものになります。トスカ・セラダは非常にきめが細かく、硬い土壌で、前2例の中間的な位置にあります。

「ブランドゥーラBlandura」はレンテフエラ土壌で栽培される樹齢80年以上のパロミノを樽で自然発酵させ6か月フロールのもとで熟成したワイン。

「ウベUBE」はパゴ違いのパロミノで造る昔ながらのマンサニーリャの造り方、つまり酒精強化なしで、自然に発生するフロールのもとにいたワインのシリーズです。その一つ「UBE Maína 2016」はバラフエラ土壌の樹齢40年のパロミノ。マイナはサンルーカルのパゴとしては内陸に位置するため、しっかり目。他に「UBEミラフローレスMiraflores」、「UBEカラスカルCarrascal」、「UBEパガニーリャPaganilla」があります。

「アゴスタドAgostado 2016」はパロミノのほかにペルノPerruno、ウバ・レイUva Reyといった、現在、シェリーの原産地呼称統制委員会では使用認可品種として承認されたものの、州政府と国家の公認待ちの品種も使ったワインで、パロ・コルタドのタイプ。

「パンドルガPandorga 2019」はバラフエラ土壌のペドロ・ヒメネスで造るナトゥラルメンテ・ドゥルセ。残糖490g/ℓ。

ラミロ・イバニェス氏は前出ウィリー・ペレスと共に、「シェリーは畑から」を主導し、サンルーカルのボデガ何軒かのコンサルタントもしています。

参照:https://www.spanishwinelover.com/308-bodega-cota-45

 

カリェフエラCallejuela 

 サンルーカルの町から西に向かい、小さな村のような風情の地区を抜け、内陸側に向かって入ったところにボデガはありました。

「カリェフエラ」は1980年、フランシスコ・ブランコ・マルティネスFrancisco Blanco Martínez氏がそれまで20年間の経験を活かし、自分のビジネスとしてワインを造り、よそのボデガに販売し始めたのが始まりです。当初から畑を買い始め、現在は、ボデガがあるサンルーカルのオルニーリョHornilloに16 ha、ヘレスのマチャルヌドMacharnudoに4.5 haとアニナAñinaに8.5 haを持っています。

1997年に移ってきたオルニーリョはサンルーカルの中で最も標高の高いところです。大西洋から吹く涼しくしっとりした風、ポニエンテをまともに受ける位置で、訪問した日はかなり日差しが強かったのですが、風はひんやりしていました。

創設者の孫、ホセとフランシスコのブランコ・ロメロJosé y Francisco Blanco Romero兄弟が中心になって「カリェフエラ」のブランドを立ち上げたのが1998年で、最初にボトリングした製品を発売したのは2005年のことでした。ワイン造りの基本は畑つくりと考えていて、2015年にはあらたにペドロ・ヒメネスも植え付け、黒ブドウの地場品種ティンティーリャも含め、すべての原料ブドウは自給する計画です。ボデガの建物の目の前の畑は樹齢29年、その奥は32年ですが樹齢60年の畑もあるそうです。

樽から試した2021年収穫のワインのイメージとしては、サンルーカルのものは塩っぽさがある白ワイン、アニナのものは塩っぽさがあり、ボディがしっかり、マチャルヌドのものは塩っぽさが控え目な一方ミネラル感が。ホセさんによると、マチャルヌドのワインはアモンティリャド向き、アニナのワインはパロ・コルタド向きとか。「カリェフエラ」のマンサニーリャは、フロール感や塩っぽさを持ちながら白ワインのようなイメージのある、大変ソフトな風合いです。熟成地の気候条件、ボデガの条件がワインの熟成に大きく影響するのでしょう。

薄暗く、しっとりしたボデガに明かりを入れようとして、窓を開けたとたんに吹き込んできた風があまりにひんやりしていたのが印象的でした。

参照:http://callejuela.es/

 

ボデガス・デル・リオ Bodegas del Rio

 サンルーカルの町からグアダルキビール川を上っていく「ボデガス・デル・リオ」の住所はウエルバ街道0番地。アベニダ・デ・ウエルバのアベニダは直訳すると大通りですが、道はアンダルシアの西の端、ウエルバ県に向かう旅の街道の風情。s/nは番地なしの意味です。到着すると、隣は造船所か船の修理工場らしく、ペンキが剥げかけたカラフルな船が、真っ青な空に向かって飛んでいきそうな高さに固定されていました。

造船所とボデガの間のよしず張りのような垣根の扉を開けると、目の前はグアダルキビール川の浜辺で、川向うのドニャーナ国立公園がごく間近に見えます。この地域はボナンザと呼ばれ、かつては新大陸やヨーロッパへの窓口の港として繁栄していましたが、今は、サンルーカルの新鮮なシーフードを提供する漁船の基地になっています。

「ボデガス・デル・リオ」は、VINOBLEのテイスティング・セミナーに2回も使われたワインSOLERA Playaを造るボデガです。名前にあるPlayaは浜辺の意味。まさに浜辺で熟成されたワインと言っていいでしょう。正式な会社名は創設者である父アンヘルの名前を採って「アンヘル・デル・リオ・エ・イホスAngel del Rio e Hijos, SL」と言います。エ・イホスは“and息子たち”という意味で、現在ボデガを仕切っているのは息子のルイスとアンヘルのデル・リオ・フェルナンデス兄弟です。

まずは畑へ。サンルーカルの中で最も名の知られたパゴ、ミラフローレスMirafloresにあるフィンカ「カシーリャ・ベルデCasilla Verde (緑の小屋)」の中にある畑は、半分ほどが1989年に植えられているので、樹齢は30年以上になっています。ミラフローレスは海に近いので、大変涼しく、ブドウの実は大きくなり、果汁も多く、ドライ・エクストラクトが少ないため、フレッシュなワインができます。また、熟成庫が大西洋も近い、大河のすぐ横にあることが、フロールを構成する酵母の一つ、サッカロミセス・ベティクスの生育にとって大変良い条件なため、他の酵母が増えません。その結果、べティクスの効果で、アセトアルデヒドの発生量が少なく、つんとした香りが少ないワインになるとのことです。

ボデガの設備は1980年に父、アンヘル氏が設置したものを使っています。プレスも果汁を受ける漕もそのまま。発酵タンクはポリエステル製で、内側がしっかり酒石でおおわれているので大変良い条件だそうです。

 さらに、これまでシェリーのボデガでは出荷したのち、減った分を各樽に補充するにあたり、ロシアドールrociadorという道具を使っていました。これは先が閉じた細長いパイプにシャワーヘッドの様に穴が開いたもので、この穴からワインがシャワーの様に分散して柔らかく出ることによって、樽の底にたまっている澱を舞い上げることなくワインを継ぎ足すことができるようになっています。ただ、ルイス氏はあえてロシアドールは使いません。それは樽の底にたまっている澱にはワインのうまみを増す重要な成分が含まれているため、その要素を引き出したいからで、先が開いた筒状の道具を使って、一気にワインを流しこみ、意図的に澱を巻き上げて、ワインと混ざるようにしているそうです。

ルイス氏独自の手法で熟成されるマンサニーリャには、熟成期間が長い「マンサニーリャ・ソレラ・プラヤ」と若い「マンサニーリャ・フィナ・ソレラ・プラヤ」があります。いずれもマンサニーリャらしさを繊細に表現しながら、大変滑らかな口当たりと複雑味、そしてしっかりした骨格があります。ワインの名前に「プラヤ」と記してあるのには意味があることが感じられる、印象に残ったワインでした。

 

シェリーの世界は今、変わろうとしています。「シェリーはワイン」「ワインは畑から」という基本に戻り、伝統を見直し、地に根差したワインを造ろうという動きが日々強まっています。ただ、これらには原産地呼称で認定されるタイプのものと、まだ認定されていないタイプのものが含まれています。これまでのシェリーには、それなりの世界があります。けれども新しいタイプのシェリー地域産のワインに出合ったら、ぜひお試しください。どちらも同じシェリー地域のパゴで生まれたワインです。

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