マラガのワインをご存じですか?スペイン、アンダルシアの地中海沿岸にある港町マラガを囲むマラガ県で造られる伝統あるワインです。シェークスピアの時代、マラガ・サックはシェリス・サック、キャナリー・サックなどと並んで英国で人気を博していました。そのもとは、紀元前8世紀、フェニキア人によってブドウ栽培とワイン造りが伝えられた時代に遡ります。紀元前600年ごろにはギリシャ人がマラガに住みブドウを栽培していたという記録が残っています。また。マラガの内陸の町ロンダにあるローマの遺跡、アシニポ(ワインの地の意味)でも、ブドウが大切に栽培されていたことを示す遺物の数々が発掘されています。イスラム統治時代の大いなる遺産は干しブドウです。彼らはワインを飲むだけでなく、干しブドウの生産にも力を入れました。その伝統は今日に至り、パサス・デ・マラガPasas de Málagaとしてマラガ特有の重要な産物になっています。
マラガはスペインにワイン法ができた1932年に原産地呼称として認定され、最初の統制法は1935年に公布されています。またスティルワインの原産地呼称シエラス・デ・マラガは2001年に認定され、2004年認定のパサス・デ・マラガも合わせ、統制委員会は3つの原産地呼称を統括しています。Consejo Regulador de las Denominaciones de Origen «Málaga», «Sierras de Málaga» y “Pasas de Málaga”
5月20日から23日までの4日間、アンダルシア州マラガ県にあるDOマラガとDOシエラス・デ・マラガ、そしてDOパサス・デ・マラガの地を訪問してきました。
マラガは地中海沿岸の大ビーチ・リゾート地区として有名ですが、ワインの産地はその後ろに控える山岳地帯と内陸一帯にあります。伝統的なワインの原産地呼称DOマラガは首都マラガを囲むモンテス・デ・マラガMontes de Málaga、その西側でグラナダ県と接するアクサルキアAxarquía、この2地区の北に位置するノルテNorte、西部でカディス県に接する内陸のロンダRondaと海側のマニルバManilvaの5つのサブゾーンがあります。スティルワインの原産地呼称DOシエラス・デ・マラガは県全体が認定地域なので、DOマラガの認定地域も全てカバーしています。7つのサブゾーンに分かれていて、今回はそのうち首都マラガを囲むモンテス・デ・マラガとその東側のソーナ・アクサルキアZona Axarquía、この2地区の北にあるノルテ・デ・マラガNorte de Málaga、そしてその西隣のセラニア・デ・ロンダSerranía de Rondaの4地区です。
5月20日(月)
ビクトリア・オルドニェス Victoria Ordóñez
最初の訪問先は「ビクトリア・オルドニェス」です。名前の通り、ビクトリア・オルドニェスのボデガです。彼女はマラガのワイン商の家に生まれましたが、医学博士として活躍していました。ワインの世界に方足を踏み入れたのは2004年のことです。オーストリアの著名な醸造家アロイス・クラッハーAlois Kracher氏に、手取り足取り、教えを受けました。そして2007年、彼が亡くなったのを機に、ワイン造りに専念することに決めたのです。
彼女は、大航海時代以来世界中に知られていたにもかかわらず、19世紀末、フィロキセラで消えてしまった、マラガを代表する辛口白ワイン、ペドロ・ヒメネスPadro Ximénez (マラガではペロ・ヒメンPero Ximén、ペドロ・ヒメンPedro Ximénとも呼ばれます)の復活に賭けました。
かつてペドロ・ヒメネスの畑がたくさんあったのはマラガ市を囲む山岳地帯、モンテス・デ・マラガ(マラガ山脈の意味)で、現在はモンテス・デ・マラガ自然公園Parque Natural de los Montes de Málagaに含まれている一帯です。ビクトリアの畑もこの地域にあります。
地中海を背にして、マラガの町を出ると、山道をどんどん進み、かなり登っていきました。標高800~1000m。どこを見ても急傾斜の山と谷です。ただ、ふと視線を上げるとマラガの町の向こうに地中海が見えたりします。山奥のようですが、意外と海からも近いことが分かります。
畑は小さな区画で、樹齢40~150年の株づくりの樹が、斜度46~76%という急斜面に植わっています。大変な苦労をして得られる収穫は1ha当たり900~1000kg。
ここから得られるのがビクトリアのプロジェクトの成果、「ボラデロスVoladeros」です。正真正銘、マラガの山の畑のペドロ・ヒメネスで造った辛口白のマウンテン・ワインです。
彼女は隣のサブゾーン、ソーナ・デ・アクサルキアにも畑を持っています。アクサルキアはモスカテルで造る伝統的な甘口ワインと干しブドウの本場です。けれどもモスカテルで辛口白ワインを樽発酵で造ることにしました。畑はここでもミニサイズで、標高850m、傾斜度は70%ほどもあり、樹は19世紀末に植えられたものです。このワイン「モンティカラMonticara」の発酵には大きめの樽を使っています。
他にもプティ・ヴェルド60%、シラー20%、テンプラニーリョ20%の「マルティ・アギラールMartí-Aguilar」やカベルネ・ソーヴィニョン60%、シラー20%、テンプラニーリョ20%の「カマロロスCamarolos」といった赤も造っています。
今では農業技師の資格を持つ息子、ギリェルモも加わって、多方面にわたってビクトリアのプロジェクトに協力しています。
ボデガ・ファビオ・コウリェットBodega Fabio Coullet
「ボデガ・ファビオ・コウリェット」はアクサルキアのアルマチャルAlmacharという山間の村にありました。急な坂を上って村に入ってボデガに着くと、そこからまた急斜面を下って醸造設備の入口へ。アクサルキアでは全てが急斜面の上に乗っています。
ここもオーナーの名前ファビオ・コウリェットがボデガの名前になっています。ファビオは20年以上世界中を見て回ってきた農学者です。彼のプロジェクトはテロワールと地場品種のブドウ、そして何代にもわたってこの地とブドウとワイン造りの伝統を守ってきた人々からワインは生まれるという考え方に基づいています。
特に土地の人々の力は重要です。それは畑に行ってみると分かります。粘板岩質の土壌で、その岩を砕いて作る畑は、傾斜度70%。頂上から下を覗くと、足を踏み外したら谷底までまっしぐらに落ちてしまいそうな急斜面ですが、そこを何の苦も無く、鋏を手に、無秩序に生えているブドウの樹を、それぞれの状態に合った手入れをしながら、上ってくる人たち。彼らなくしては、この地でのブドウ栽培は考えられません。英雄的なブドウ栽培Viticultura Heróica と言われるのも納得できます。
機械化は不可能なので、唯一手助けしてくれるのはラバです。そのためファビオのボデガのロゴにはラバの絵が使われています。
もう一つの重要なカギはブドウです。彼は地場品種それぞれの個性とテロワールを誠実に正直に表現したワイン造りを信条としています。
その代表的なワインが「ロメ・コンテRomé Conte」です。ロメというアンダルシアのなかでもDOマラガのほぼアクサルキア地区でしか栽培されていない黒ブドウ品種100%の赤ワインです。ファビオが使っているロメが栽培されているのは、海抜2000mに至る山々と、合間の深い谷が連なるテハダ、アルミハラ、アルアマ山脈自然公園Parque Natural”Sierras Tejeda, Almijara y Alhama”の一画で、海抜850m地点にある、この辺りでは唯一の区画です。土壌はアクサルキアでも珍しい、片岩が混じった花崗岩質で、これがワインにミネラル感を与えます。ブドウの樹齢は125年、畑の面積は0.85ha、植樹密度は1ha当たり1500本。ということは実際にはその85%の本数しかないということ。収穫量は1ha当たり800㎏。これも実際にはその85%の量しかないということです。ワインはレンガ色っぽい淡い色で野イチゴのような香り、ミネラル感がありフレッシュです。
もう一つマラガの地場品種で絶滅危惧品種のドラディーリャDoradillaをペドロ・ヒメネスとモスカテル・デ・アレハンドリアとブレンドした辛口白の「セクエンシアルSecuencial」というワインも造っています。
これからも見逃せないボデガです。
ディモベ/ボデガ・アントニオ・ムニョス・カブレラ Dimobe/Bodega Antonio Muñoz Cabrera
「ディモベ/ボデガ・アントニオ・ムニョス・カブレラ」は1927年にモクリネホというアクサルキアの村で、フアン・ムニョス・ナバレテJuan Muñoz Navarreteがアメリカンオークの古樽とビーム式の百年もののプレスを買ったのが始まりです。次の代はビジネスを拡張、3代目のフアン、アントニオ、マリア・ルイサの3兄弟は設備投資をし、新しい品種を植え、伝統的なマラガの甘口ワイン以外の白、ロゼ、赤、スパークリング、ベルモットを生産し始めました。そして既に4代目がこのファミリー・ビジネスに参加しています。
ボデガに近くなると、あちこちに見られるようになるのが、白い家の横の日当たりの良い急斜面に、白い枠の長方形のスペースがいくつか並んでいる光景です。この白い枠をパセラpaseraと言います。伝統的なマラガのワインには天日干したブドウを使うものがありますが、そのアソレオasoléo(天日干し)という工程を行う所です。DOパサス・デ・マラガの干しブドウもパセラで干したものです。最もアクサルキアらしい光景と言っていいでしょう。
周りの畑も全て急斜面です。案内してくれたフアンに「ラバを使っているの?」と聞くと、「もちろんだ!」と連れて行ってくれたのはパセラのすぐ横にある小屋です。ラバが首を出してじっとこちらを見ていました。鼻をなでると、親近感を持ってくれている感じが伝わってきますが、不思議なくらい静かな目をしていました。
一家は3か所に畑を持っています。アクサルキアでは百年もののモスカテル・デ・アレハンドリア、西隣のモンテス・デ・マラガではペドロ・ヒメネスとロメ、内陸のロンダではシラーとプティ・ヴェルドを栽培しています。
フアンは2015年、他の地域でもワインを造ってきた経験のある醸造家のビセンテ・イナトVicente Inatを迎え、自分たちファミリーが生まれ育った地を表現するワインを造ろうという意図で新プロジェクトを立ち上げました。それが「ビニェドス・ベルティカレスViñedos Verticales」です。意味は「垂直のブドウ畑」。畑は、これぞアクサルキアといった、まさに急勾配で、地元の慣れた人しかまともに仕事はできません。力を貸してくれるのはラバだけです。畑の土壌はエスキスト、フィリタ、ピサラという種類の異なる変成岩から成っています。ここで栽培するのはアクサルキアを代表する地場品種モスカテル・デ・アレハンドリアの他、ペロ・ヒメン、絶滅危惧品種と言われる在来白ブドウ品種ドラディーリャ、ガルナチャ、そしてロメです。
自然を尊重するという考え方から、発酵も自然に任せています。ステンレスタンクも使いますが、ティナハ(素焼きの壺)、セメント槽、木桶、100年もののフードルも使っています。
古い地場品種を使ったワインにはモスカテル・デ・アレハンドリアとペドロ・ヒメンを使った「フィリータス・イ・ルティータスFilitas y Lutitas」、希少品種ドラディーリャの「ロカリマRocalima」、そして唯一の黒ブドウ品種ロメのワイン「エル・カメレオンEl Camaleón」があります。カメレオンの名前の由来は、ロメという品種が、1本の樹に全然色づかない房、部分的に色づく房、完全に色づいた房が混在する、カメレオンのようなブドウだからとのことです。
山々に囲まれた景色を眺めながら急傾斜の畑に上ったり下りたりの一日が終わりました。面白過ぎて、ずり落ちそうな傾斜の坂道も苦になりません。足腰が鍛えられそうです。
≪マラガのワイン2へ続く≫