3日目
この日はジオパーク地区の中でも中心的な町グアディス地域のコゴーリョス・デ・グアディス村にある「ボデガス・アル・サガルAl-Zagal」を訪問します。迎えに来てくださったのはオーナーでDOPグラナダの前会長のホセ・オレア・バロンJosé Olea Varónさんでした。
まずグアディスGuadixの町へ向かいました。ジオパーク内にあるだけあって、自然と人の生活と、その歴史が刻まれた地であることがよくわかります。山肌にたくさんの洞窟が掘られているのが見えますが、夏は涼しく冬は暖かく快いため、今も多くが住居や宿泊施設として使われているそうです。グラナダ市のサクロモンテの洞窟がフラメンコのショーに使われているのと同じく、ここでも観光用に住居が解放(要チップ)されていました。グアディスの町にはローマの遺跡、イスラムの遺構、レコンキスタの時代を刻んだ建造物からカテドラルまで、長い歴史を物語るスポットがたくさん残されていました。
ボデガの名前「アル・サガル」はAlで始まることから想像がつくかと思いますが、アラブの起源です。アルハンブラ宮殿がキリスト教徒の手に落ちる1代前、1485~1486年にムハンマド13世として王座に就いたのが、本名Abū `AbdAllāh Muhammad az-Zaghallで、キリスト教徒たちは彼をアル・サガルAl-Zagalと呼んでいました。勇敢な人という意味で、当時王位を争った3人の中で最も優れた指導者だったとのことです。最終的にはカトリック両王にグアディスの町を献上した人でもあり、グアディスにあるボデガにとっては意味のある人物です。
このボデガのプロジェクトは2,000年に始まりました。ブドウを植え始めたのは2007年からで、合計15ha ほどの畑は3か所にあり、いずれも標高1,000m以上です。栽培している品種はテンプラニーリョ、シラー、カベルネ・ソーヴィニョン、メルロー、ガルナチャ、ソービニョン・ブラン。
ワインはソービニョン・ブランの白以外全て赤です。ブランド名は「レイ・サガルRey Zagal」。樽熟していないホーベンJovenクラスのワイン「カスカモラスCascamorras」はテンプラニーリョ主体で、ガルナチャ、カベルネ・ソーヴィニョン、シラーのブレンドです。試したのはビンテージ2015年。ホーベンにしては年代が経ちすぎているのではと半信半疑でした。やはり最初は荒っぽく、野ブドウのような感じでした。けれども時と共にまろやかさが出てきて、翌日には、素晴らしくおいしいワインになっていたのです。ホセさんに確認すると、グラナダのワインはポリフェノール、特に抗酸化作用の強いレスベラトロールの含有量が他所の産地に比べて飛びぬけて多いので、ワインの寿命が非常に長いとのこと。グラナダのブドウ畑は標高が高いため、気温の年較差、日較差が大きく、ブドウの実が熟するのに時間がかかり、ポリフェノールだけでなく酸も糖もゆっくり十分に蓄えることができ、ブドウの持つ要素が濃いとのことでした。次に試した「エル・サガル・ロブレEl Zagal Roble」はビンテージ2014年。テンプラニーリョ主体で、栽培している全ての黒ブドウ品種のブレンドです。アメリカン、ハンガリアン、フレンチの3種類のオーク樽で4か月熟成したもので、これも2日目が断然おいしくなっていました。
午後はシエラ・ネバダの裾野にあるアルデイレという村の「ビニャ・アランダViña Aranda」へ向かいました。2012年にミゲルとルシアの若いカップルが始めた小さなボデガです。畑は標高1,100~1,250mの北向き斜面にあり、現在は寒暖の差が激しいこの地域に順応できる品種ということで、テンプラニーリョを主に、ヴィオニエ、マカベオ、パロミノ・フィノPalomino Fino、マルバシア・アロマティカMalvasía Aromática(DOPグラナダ認定外)を栽培しています。ガルナチャも植える計画です。
ワイン造りはブドウの持っているものをできる限り自然に引き出そうという考え方に基づいています。野生酵母で自発的発酵を行うにあたり、畑ごとに、テロワールごとに発酵温度を調節しているとのこと。ボデガの中には小型のステンレス・タンクや樽が所狭しと並んでいました。地下4.5mにあるので、気温が安定していて、自然にワインの澱が下がるだけでなく、樽熟や瓶熟にも適しています。
そこで発見したのがダマフアナDamajuanaです。カタルーニャでランシオを造るのに使われたりしている大きなガラス瓶で、英語ではドゥミジョンDemijohnと言います。「これは何?」と聞くと、ミゲルが変わったことをしているのが分かりました。
製品としては樽熟なしの「モロ・フィノMorro Fino」のシリーズ3本のうちの1つで、テンプラニーリョ100%の赤、マカベオ95%にヴィオニエ5%の白に並ぶものです。ダマフアナが使われているのは「オレンジOrange」。品種はパロミノ・フィノPalomino FinoとドラディーリャDoradilla(マラガの地場品種で希少。DOPグラナダ認定外)。標高1,100mの石灰質で砂質土壌の1haの株づくりの畑で栽培されているます。68日間マセレーションし、ゆっくり自然に発酵させます。その後54ℓ入りダマフアナで3か月間熟成したワインです。現行ビンテージは188本。シェリーの産地のパロミノ・フィノのワインとは別世界のふくらみのあるラインでした。
他に白では「インベルソInverso Blanco」という標高1,280mにある畑の樹齢30年のマカベオ95%とヴィオニエ5%を使った樽熟5か月で、花のような華やかな香りがステキなワインがあります。赤はローム粘土質土壌の畑のテンプラニーリョ100%で樽熟6か月の「インベルソ」、0.6haしかないローム砂質で荒めの礫が多い土壌のテンプラニーリョ100%で、樽熟12か月の「プリビレヒオPrivilegio」があります。
いずれも丹精込めて造られた感があふれ出てくるワインでした。
4日目
今日はコントレビエサ・アルプハラ地区のボデガを3軒訪問します。これまではシエラ・ネバダ山脈の西から北を囲む山裾(とはいえ、いずれも標高1,000m前後)の地帯でしたが、今日は南側、地中海側です。アルプハラはアンダルシア州のグラナダ県から東部に接するアルメリア県にまたがる広範囲で、コントラビエサは、アルプハラの中にある同名の山脈Sierra de la Contraviesaの一帯を指していて、ボデガはその位置をアルプハラと呼んだりコントラビエサと呼んだりしているようです。
最初は地中海も近いポロポス村にある「ボデガ・アサ・デル・リノBodega Haza del Lino」です。1973年創業で、現在は4代目のパコFrancisco Garcíaさんが指揮を執っています。
グラナダ市から南に向い、山間の大きな貯水池の横を通り、山や谷が続く地域を進みます。途中コルク樫の林を通過。イベリコ豚の放牧地のドングリの木(エンシナEncina)の森や、どこまでも続くオリーブ畑はよく見ますが、アンダルシアの東部でコルクの木を見たのは初めてでした。アンダルシアはスペイン最大のコルクの産地だそうです。
先ずは、パコさんが経営するバルで、カフェ・コン・レチェと生ハムの朝ご飯をいただきました。生ハムは自家製です。この地域は前出のIGPトレベレスと同じく、白豚の脚を買って熟成させます。
強力な4輪駆動でなくては絶対に走れないであろう凸凹の細い山道を上り、たどり着いた畑は急斜面。しかも土壌は粘板岩を砕いて積み上げたようなガタガタで、下手に踏むとガガガッと崩れたりします。ちなみに「アサ・デル・リノ」が所有している21haの畑の土壌の特徴は粘板岩と珪岩を主体とするローム砂質とのこと。粘板岩は下の方が白く、上に行くにしたがって黒くなるそうです。
足場は悪いものの、眺めは抜群です。南向き斜面なので快晴の日は地中海の向こうのアフリカが見えるとのこと。地中海の風も吹いてくる条件ですが、標高が1,300mとのことで、冬は雪が降ったりしますが、夏は涼しく、秋は穏やかです。収穫は10月か11月で、雪が降っていることもあるそうです。
パコさんのお祖父さんが植えた、株仕立ての樹齢80年になるガルナチャ・ティントレラやビヒリエゴがあります。グラナダでは初めてガルナチャ・ティントレラの名前が出ました。ビヒリエゴは5haほどあり、自根です。
黒ブドウは他にテンプラニーリョ、ガルナチャ・ティンタ、メルロー、プティ・ヴェルド、シラー、グラシアノも植えていて、その7haの畑は標高1,350mにあります。白は地場品種のビヒリエゴの他、モスカテル、ハエン・ブランコ、モントゥアMontúa、ペドロ・ヒメネスを栽培しています。さまざまな地場品種が植わっている樹齢150年の混植畑もあるそうです。
ボデガは古いコノ(大樽)やバリック、小さめのステンレス・タンクが並ぶ中、樽で発酵させているハエン・ネグロJaén Negroの果房を手でかき混ぜているところに行き合わせました。この日は11月7日。まだ2024年の収穫が終わったばかりだったようです。
試飲したオーガニックのビヒリエゴのヤング・ワイン「フィンカ・ロス・オルカホスFinca Los Horcajos 2023」は白い花のような香りでフルーティですが、まったり感があり骨格がしっかりしていました。同じシリーズの赤はテンプラニーリョで洗練されたデリケートさのあるワインでした。シラー単一品種の「オリェロ・クリアンサOllero Crianza Monovarietal de Syrah」は12か月樽熟で、きれいな酸があります。「ロス・パコスLos Pacos 2018」はシラー100%のグラン・レセルバ、マグナムです。最後の「アサ・デル・リノHaza del Lino 2017」は樹齢80年のガルナチャ100%、25日マセレーション、11か月樽熟。フランボワーズやレッドカラントのような香り、ソフトな口当たりで、酸がきれいに通ったワインでした。ラベルにラバの絵が使われているのは、この急勾配の畑の仕事に欠かせない存在だからです。
次は少し北東に向ったムルタス村にある「ボデガ・クアトロ・ビエントスBodega Cuatro Vientos」。4つの風という意味です。かなり前に訪問したことがあって、名前の通り、本当に風が強かったのを覚えています。
ボデガは「フィンカFinca・クアトロ・ビエントス」とも名乗っていて、広い所有地の中に畑やボデガがあることがうかがえます。エノツーリズムの拠点となるべく、ワイン生産設備だけでなく、レストランやワイン博物館が整備されています。オーナーのフアン・ホセ・カスティーリョJuan José CastilloさんはDOPグラナダの現会長です。
この地域は20~30年前まで、グラナダの中では最もブドウ畑多い地域だったそうです。畑の平均標高は1,150m。一番高い畑は1,330mで、モスカテル・デ・アレハンドリアが栽培されています。畑の傾斜度は21~36% 。樹齢100年を超える畑もあり、混植ですが、ある程度機械化できる傾斜度の畑では、植え替えるに当たって、単一品種の区画にし、垣根仕立てに変えているそうです。現在、自社畑30haの他に契約農家の栽培面積が10haあります。降水量が大変少ない地域ですが、地中海からの霧が立ち込め、それが畑に水分を与えてくれるそうです。
試飲は醸造家のフランシスコ・ハビエル・モリナFrancisco Javier Molinaさんも一緒にレストランで。
「4Binos Sweet Pink」は甘口ロゼ。「マルケス・デ・ラ・コントラレビエサ白オーガニック・ビヒリエガMarqués de la Contraviesa – Blanco Ecológico Vijiriega」は地場品種ビヒリエガの単一品種で、ハーブのような香りでグレープフルーツのような酸味。「マラフォリャMalafollá – Blanco」はモントゥアMontúa、ペドロ・ヒメネスなどのブレンドの白。「マルケス・デ・ラ・コントラビエサMarqués de la Contraviesa 2022」は白と同じオーガニックのシリーズで、ピノ・ノワールとメルローのブレンド。「マルケス・デ・コントラビエサ・クリアンサ・ロブレ2016」はバランスの良いブレンド・タイプの赤で、牛、豚、羊、莵の肉料理によく合いました。最後の「ホセフィナJosefina・ロブレ2021」はフアン・ホセさんの母親の名前を冠した短期間樽熟成した赤ワイン。個人的にはクリアンサ2016が美味しかったです。
モントゥア、ペルーノPerruno、ペドロ・ヒメネス、ハエン・ネグロJaén negroといった地場品種は樹齢150年の畑があるとのことで、最後に見学に行きました。山の上の畑にはがっしりした幹のブドウがしっかり根を張っていました。
最後の訪問はこの日の最初のボデガ「アサ・デル・リノ」の方向に少し戻ったトルビスコン村にある「ラ・ディビサLa Divisa」です。時間的に離れた畑は見に行くことができなかったのは残念ですが、たくさんのワインを試飲させていただきました。
「ラ・ディビサ」は1917年創設という新しいボデガです。オーガニックでヴィーガンもあります。案内して下さったアレハンドロ・ビグナピアノAlejandro Vignaoianoさんは創設者の一人です。彼も含め、メイン・スタッフ5名のうち醸造家のセサル・オルテガ・ガルシアCésar Ortega Garcíaさん以外、4名がアルゼンチン出身です。世界中を回って、標高が高く、海の影響を受け、ミネラル分を多く含む土壌で、ヨーロッパの中でまだ著名になっていない地域にある古い畑を探した結果、グラナダのコントラビエサ・アルプハラにたどり着いたとのことです。そのとき手に入れたのは株づくりの樹齢67年の畑でした。
現在総栽培面積は15ha強。最も高い畑の標高は1,392m。土壌は、粘板岩と珪岩のローム砂質。カベルネ・ソーヴィニョン、カベルネ・フラン、シャルドネ、ガルナチャ・ティンタ、ガルナチャ・ティントレラ、グラシアノ、ハエン・ブランコ、メルロー、モントゥア、プティ・ヴェルド、テンプラニーリョ、ヴェルメンティーノ、ヴィオニエ、そしてビヒリエガなど17品種を栽培し、18ブランドを生産しています。
コロナのパンデミアを挟み、2022年に現在のモダンな建物に拠点を構えるに至っています。
試飲は白5本、赤10本。白はビヒリエガ100%の「アスアールAzhar」から。ダマフアナで1か月間陽に当てたとのことフルーティでフレッシュでミネラル感あり。「フォラステロ/アForastero/a」はよそ者の意味ですが、男性だけではまずいと思ったのか女性形も入れてo/aにしてあります。ヴィオニエ100%。アンフォラで4か月熟成。繊細な白。「ラ・ディビサ チェントxチェントLa Divisa Cento x Cento」はヴェルメンティーノ100%。イタリアの品種(スペイン原産説もあり)なのでイタリア語名らしい。酸味しっかり。「ラ・ディビサ シャルドネLa Divisa Chardonnay」は樽熟4か月。「アスアール・オレンジAzhar Orange」はオレジ・ワインのランシオ。使用品種がビヒリエガ、ハエン・ブランコ、ベルデホVerdejo、パルディナPardina、モントゥア、カラグラニョCalagraño、チェルバChelva とスペイン品種満載。250本生産。
赤の最初のグループは6本。[アスアール ハエン・ネグラAzhar Jaen Negra」。淡い色で繊細でフレッシュ。「クエルダ・コルタCuerda Corta」は短いロープという意味で、テンプラニーリョとメルローのブレンド。「グアリチョGualicho」はガルナチャ100%で軽く樽をかけたロブレでフルーティ。大きくXマークが入った「ラ・ディビサ限定版実験ラインLa Divisa Limited Edition Experimental Line」はカリニェーナ100%。6か月間500ℓ樽で熟成。350本限定です。「タリスマンTalisman」はお守りとか魔除けという意味。ガルナチャとカリニェーナのブレンドで、6か月フレンチ・オーク樽で熟成。去年は違う品種のブレンドだったそうです。「タブーTaboo」はテンプラニーリョ100%のクリアンサ。
赤の次のグループは最初の3本がオーガニック&ヴィーガンです。「ラ・ディビサ 100%カベルネ・フラン」はロブレ。同じシリーズの「100%プティ・ヴェルド」、「カベルネ・ソーヴィニョン」。最後の「クエルダ・スエルタCuerda Suelta」解き放たれたロープの意味。オーガニックで、テンプラニーリョ80%、ガルナチャ20%。12か月樽熟のクリアンサです。
ボデガのホームページの解説ではすべてのワインに畑の標高が記されています。こだわりのあるメーカーです。どのワインもとても洗練されたスタイルでした。
試飲が終わったときには既に外は真暗闇。山奥なので街灯は1本もなく、車のライトだけでそろそろと細い山道を下っていくのはかなりスリリングでした。
DOPグラナダのボデガは他の地域に比べて新しいところが多いようです。気候温暖化が進む今、ますます標高の高い地域の畑が注目されています。DOPグラナダは標高の高さでは負けません。ブドウ栽培条件は万全です。スペイン国内だけでなく、海外のワインメーカーからも注目される地域になりそうです。