モンティーリャ・モリーレスはアンダルシア州コルドバCórdoba県にある古都コルドバの南部に位置する伝統的なワインの産地です。スペインの原産地呼称制度ができた1932年、最初に認定地域が発表されたときもモンティーリャ・モリーレスは含まれていました。
ただ、ここで問題が・・・。モンティーリャ・モリーレスのワインは、それより圧倒的に知名度の高いワイン、シェリーと大変似ているため、その陰に隠れているだけでなく、時には混同されていることもあるのです。
どちらもスペイン語ではビノ・ヘネロソVino Generosoという、アルコール度が15~22%のワインのカテゴリーに入ります。同じく石灰質のアルバリサAlbarizaという真っ白な土壌でブドウが栽培され、ワインには同じく産膜酵母、フロールFlorが発生し、同じく酸化熟成タイプもあり、同じくクリアデラとソレラのシステムSistema de Ciaderas y Soleraで熟成され・・・と、共通点がいくつもあります。
けれども大きな違いがあります。それは、モンティーリャ・モリーレスではフロールのもとで熟成するフィノというタイプは酒精強化しません。使用するブドウ品種が、シェリーの主要品種パロミノとは違うペドロ・ヒメネスPedro Ximénezであり、産地が内陸にあることから寒暖の差が激しく、もともと糖度が高い品種であるペドロ・ヒメネスの糖度がさらに上がり、そのため、果汁を発酵させると、自然にアルコール度が15%程度のワインができるので、酒精強化の必要がないのです。コルドバのバルでは、バッグ・イン・ボックスで売っているフィノを地元の人が常温で飲んでいます。酵母のような香りはありますが、柔らかな口当たりで飲みやすい、まさにデイリーワインです。
<モンティーリャのボデガ訪問 Visita a las bodegas de Montilla>
コルドバからバスで1時間ほどのモンティーリャは人口約23,000人(2017年統計)の小さな町です。丘の上には、何世紀も前に建てられた城の廃墟の上に1722年に建てられたモンティーリャ城Castillo de Montillaと呼ばれる古城があり、町はそのすそ野に向かって広がっています。産業は、ワインを措いて、他になさそうです。
アルベアールALVEAR
そんななかで最も古い歴史を誇るボデガが、1729年創設の「アルベアールAlvear」です。現在もアルベアール家の8代目が継承しています。多分90年代前半だっと思いますが、最初に訪れたとき、ボデガは町から全く外れていました。ところが、今では町が大きくなって町中に取り込まれてしまっています。ただ一歩門を入るとそこは別世界。古い樽とティナハTinajaが昔と同じようにワインを湛えて並んでいました。
ティナハというのは、ワインの発酵や貯蔵に使われる大きな壺です。ただ、ラ・マンチャなどで使われてきて、今、その良さが見直されてきているティナハは素焼きで下がつぼまった、太のアンフォラのような形をしています。けれどもモンティーリャで使われているのは円筒形で、セメント製です。発酵に使うときは、少量で発酵を始め、少しずつ果汁を足しながら発酵させ、それをいっぱいになるまで続けるという方法がとられます。現在は、発酵はステンレスタンクで行い、ティナハはだいたい保存に使われています。ワインはティナハで何か月か過ごした後、クリアデラとソレラのシステムの一番若いワインの補充に使われていきます。ティナハの中のワインの表面にはフロールが発生しています。
またモンティーリャのワインには、ペドロ・ヒメネスというブドウ品種の名前がそのまま使われる極甘口のワインがありますが、それを造るに当たり、収穫したブドウを天日に干して水分を蒸発させ糖分を凝縮させるソレオSoleoという作業をします。アルベアールでは、その作業を自社の敷地内で行おうと、パセラPasera(ソレオを行う場所)を作りました。ここで天日干しされたブドウは、すぐ横のスペースに設置された水平プレスにかけられた後、オリーブオイルを絞るのと同じ、伝統的な垂直式のプレスでしっかり果汁が搾られます。
試飲したワインの中の「トレス・ミラダス・ビノ・デ・プエブロ3 Miradas – Vino de pueblo」は、限定畑の古い株作りの樹のブドウを使い、ティナハで発酵したワインと、開放槽で発酵したワインを合わせて、ティナハで、フロールのもと、8か月熟成したワインです。しっかり辛口ですが、軽やかでソフトなワインです。一方、伝統的な熟成を経たフィノの中でも特別な「フィノ・カパタス・ソレラ・デ・ラ・カサfino Capatáz Solera de la Casa」は、フィノといっても12年熟成を経て、アモンティリャドになろうとしている微妙な段階のもので、大変ソフトで繊細でエレガントでした。また、ペドロ・ヒメネスのシングル・ヴィンテージ2015年はティナハで熟成したもの。甘口ながら、ミネラル感があり、クリーンなフィニッシュのワインでした。
ペレス・バルケロPÉREZ BARQUERO
「ペレス・バルケロPérez Barquero」は1905年創業で、モンティーリャの代表的なボデガの一つです。訪問した時はちょうどボデガがパティオを飾って開放する、コルドバのパティオ祭りのモンティーリャ版のようなイベント中で、ペレス・バルケロでは入り口正面のカセータ(祭り小屋)が美しい花で飾られていました。
ここも伝統的なティナハを大切に、そして効果的に使っています。前記のようにティナハは、ステンレスタンクで発酵を終えたワインの保存用、つまりクリアデラとソレラの熟成システムに入る前のソブレタブラSobretablaと呼ばれる段階の貯蔵槽として使われています。木の蓋を開けると中には、ワインの表面に発生したフロールが見えます。
若いフィノ「ロス・アミーゴスLos Amigos」は熟成期間4年、 このボデガの看板ワイン「グラン・バルケロGran Barquero」は10年熟成です。その間樽の中では表面にしっかりフロールの膜が張っています。熟成期間が長くなると、フロールの影響も強く、骨格もしっかりして厚みが出てきます。
けれども、今、新しい試みがあります。ここ3年間イギリスとスイスの市場向けに出荷している「フレスキートFresquito」というワインです。これはティナハのワインをボトリングしたものです。6000ℓ入りのティナハの上部3分の1の2000ℓを使います。つまりフロールの影響をより多く受けている部分ということになります。とはいえ、フロールがあるのは細長い円筒形のティナハの一番上の表面だけなので、500ℓほどの樽のなかで、表面がびっしりフロールで覆われているのとは全く条件が違います。香りはどちらかというと、ハーブや白い花のような感じで、しっかり辛口ですが、ソフトで優しい、食事に合わせやすいワインです。
もうひとつ「ソレラ・フィナSolera Fina マリア・デル・バーリェMaría del Valle」という、瓶詰前の諸トリートメントをしないため樽の中のままの風味が楽しめる、「エン・ラマen rama」のワインがあります。これはモンティーリャ・モリーレスという原産地呼称名が示す通り、良い畑がある2つの村のうちのひとつ、モリーレスのなかでもモリーレス・アルトという、標高の高い地区のブドウ栽培者であり熟成業者(アルマセニスタAlmacenista)でもあるボデガス・ガルシアBodegas Garcíaが、古い畑のブドウを使って造るワインを、1975年に設定したソレラで熟成したものです。その補充に当たっては、モンティーリャのワインとモリーレスのワインを使います。モリーレスのワインはミネラル感があり、フレッシュさとソフトさ、そしてビターな風味を与えるとのことです。
ペレス・バルケロでは1955年設定のそれらのアモンティリャド、パロ・コルタド(モンティーリャ・モリーレスではブレンドで造られます)、オロロソそしてボデガ創設年の1905年設定のそれらのペドロ・ヒメネスを試飲させていただきました。25~30年熟成というだけあって、いずれもごくごく美味。良いグラスでゆっくり飲みたいお味です。
ボデガス・ロブレスBODEGAS ROBLES
次のボデガはエコがテーマの「ロブレスRobres」です。1927年、先々代が創設したボデガで、一般的なモンティーリャ・モリーレスのワインも造っていますが、先代のフランシスコ・ロブレスの時代から有機栽培を始め、1999年、初めて有機認定ワイン「ピエドラ・ルエンガPiedra Luenga」を発表しました。
この仕事が非常に大変なのは、モンティーリャ・モリーレスのワインの場合、クリアデラとソレラで熟成するシステムを最初から造らなければならないからです。20年経った今では、畑は60へクタールに増え、安定してワインを生産しています。日本に入ってきているのは「バホフロールBajoflor」というブランドのフィノ、アモンティリャド、オロロソと、「バホソルBajosol」というブドウを天日干ししてから搾汁する極甘口のペドロ・ヒメネスです。バホフロールは花のもとという意味。ボデガの入り口の横にある畑にはクビエルタ・ベヘタルcubierta vejetal、つまりブドウ畑は自然の草花に覆われていることを示す立札が立っています。またバホソルは太陽のもとという意味で、ブドウが強烈な太陽のもとで育ち、天日干しされ、このワインができていることを表しています。いずれもオーガニック・ワインOrganic Wineとラベルに明記してあります。
トロ・アルバラTORO ALBALÁ
古いヴィンテージもののワインで知られるボデガです。1922年創業で、現在、2代目のアントニオ・サンチェスAntonio Sánchez さんがボデガの顔として君臨しています。とはいえ、ごく細身で小柄な方で、今回お会いした時は庭の東屋で友人たちとワインを飲みながら歓談していました。20年以上前にお会いしたときも、すでにお年を召していたので、今はさぞかしお年なのでしょうが、矍鑠としています。
娘のロサリオ・サンチェスRosario Sánchezさんが案内してくださったのは、父アントニオさんの趣味の館「ミュージアム」です。大変多趣味の方で、そのコレクションは、ワイン関係の書物はもちろんのこと、原石やら、化学実験用具やら、ありとあらゆるものが揃っています。写真はモンティーリャの土の標本です。
肝心のワインですが、このボデガは創業者のホセ・マリア・トロ・アルバラJosé María Toro Albaláさんが、古いワインを大事に育てたいという考えの持ち主だったことが、大きな財産になっています。ただ、彼の時代にはフィノが主流だったそうで、現在もある「エレクトリコEléctrico」というフィノはその時代に生まれたものです。跡を継いだのが甥のアントニオさんです。彼は、長い熟成を経たワイン、伝統的なワインにスポットライトを当てたのです。
その代表がアモンティリャドとペドロ・ヒメネスです。特に「コンベント・セレクシオンConvento Selección」はその最たるものです。まさに手塩にかけたワインといえます。今回樽から飲ませていただいた一番古いワインは1937年ヴィンテージでした。「スペシャル・ヴィンテージSpecial Vintage」のシリーズはこれです。写真は1952年ヴィンテージのアモンティリャドと、1955年のPX。
モンティーリャの奥深さ、豊かさを感じさせるボデガでした。そして楽しい!
最後にモンティーリャの町のレストラン「タベルナ・ボレロTaberna Bolero」へ。多分モンティーリャで今、最もワインと料理のマリアージュに真剣に取り組んでいる店といえます。最初は「ラガール・ブランコLagar Blanco」というモンティーリャの郊外にあるボデガの「ティナハTinaja」というブランドのフィノ。辛口で軽くソフトな口当たりです。出てきたのはビーツのサルモレホとスモーク・サーディンとPXのキャビアというコルドバ的ながら新しいアイデアで洗練された料理で、ワインと素晴らしくよく合います。ヤマウズラのパテも美味。アーティチョークのオックステール煮込み詰めにスエロス(コルドバの村)のチーズのクリームソース。これに合わせたのは前出アルベアール社の「フィノ・カパタスFino Capatázソレラ・デ・ラ・カサSolera de la Casaフィノ・ビエヒシモFino Viejísimo」という12年熟成で、アモンティリャドがかった微妙な状態のフィノで、しっかり辛口でフィノより骨太になっていますが、柔らかみがあり、エレガントで、料理との相性もぴったり。料理もワインもお任せで、大満足でした。このアレンジをしてくれたのがオーナーのカルロス・ガルシア・サンティアゴCarlos García Santiagoさん。素晴らしいお食事に感謝します。